03

花宮真と同じ小学校という事を知った江戸川コナンは、学校で花宮について聞き込みをしていた。

結果、真面目、優しい、思いやりがある、クラスをまとめてくれる、問題を起こしたことがない、勉強も運動も出来る、可愛い、癒し、などといったとにかく褒める言葉が挙げられた。花宮真箱山波人を悪くいう人はいない。

けど、コナンくんは"てめぇふざけんなよ"と言われた事を忘れてなかった。こんな良い評価を受けている人がこんな発言を言うのだろうか。ちょっとした謎も解かないと気が済まない探偵という存在であるコナンくんは花宮の後をついて回る事にした。

それは、2回目に遭遇した次の日の放課後の事。


「波人お兄ちゃん!!」

「どうかしたの?」

「何してるの?」

「今は図書室に本を返しにいくところかな」

「僕も一緒に行っていい?」

「いいよ。一緒に行こうか」

(ふざけんな、後ついてくるなよ。なんなんだ、こいつ。まじウゼェ。ストーカーかよ)


場所が学校なので花宮はにこやかに会話をしているが、内心は暴言の嵐が吹き荒れている。


「波人お兄ちゃん、何の本借りてるの?」

「今は闇の男爵シリーズかな」

「それ、難しくないの?」

「全然。むしろ闇の男爵シリーズはとても読みやすい作品だよ」


花宮の現在の学年は小学2年生だ。闇の男爵は小学生が読むような作品ではない。けれど、花宮にとっては小説が読めるのは当然なのだ。もちろん前世の記憶があるからというのもあるが、前世の時から同じ年齢の時に似たような作品は読んでいた。つまらないと思ったことはあっても、難しいくて理解出来なかった事などない。

花宮真は前世からずっと天才児だ。


「キミは好きな本はある?」

「僕はコナン・ドイルが好きなんだ」

「へーそうなんだ。まだ一年生なのにすごいね」

「あっ!えっとね、僕の名前江戸川コナンって言うんだけど……」

「あぁ、名前繋がりなんだ。珍しい名前だね」

(江戸川コナン……?どこかで聞いた事が……)


実は花宮は首都の名前が東京ではなく東都なのを気にしていなかった。文明レベルが前世より少し下がっていたので、転生先は死んだ後の世界ではなくパラレルワールドの別世界と考えていたからだ。パラレルワールドなら首都の名前が若干違うくらいの差異があってもおかしくない。

けど、この名前を聞いてようやくこの世界について疑問を持ち始めたのだ。


「僕はこの名前気に入ってるよ!」

(確か……名探偵コナンの主人公が江戸川コナンだったよな?偶然か?いや、それとも……)


しかし今はそれを考えている暇はないので、様々な疑問を心の奥底にしまいこんで


「よかったね」


と返答した。

その後花宮は新しい本を借り、コナンくんとは帰る方向が別だったため、校門前で別れた。

コナンくんは花宮の後をついていこうとしたものの、その前に少年探偵団のみんなに見つかってしまい、その日は断念した。

また、江戸川コナンという名前に引っかかりを覚えた花宮はその日、調べ物が得意な知り合い下僕に頼んで、調査してもらう事にした。

お互いがお互いを探っている状況だ。





それから数日後、江戸川コナンについての調査結果が花宮のもとにきた。


(江戸川コナン、小学一年生。今年の春帝丹小に転入。家は毛利探偵事務所で、居候をしている。親は外国にいるとされているらしい。そして、少なくとも日本には江戸川コナンの戸籍はない、か)


他にも色々と江戸川コナンが関わってきた事件についても載っていたが、その辺りはサラッと飛ばして、花宮は重要なところだけを読んだ。


(もう確定じゃねーか……ここ、名探偵コナンの世界だったんだな………………まじかー)


花宮が箱山波人として自我を持ってから5年。ようやくここが名探偵コナンの世界だと気づいた瞬間だった。


(え、何、じゃあ俺主人公に探られてんの?上等だ。江戸川コナンを中心に回ってる世界を俺中心に回してやるよ)


そして、他人の思い通りになるより他人を思い通りに動かしたい派の花宮は江戸川コナンを自分の思い通りに動かせるようにしようと決めた。




所変わって、江戸川コナンの方はというと、花宮の調査が難航していた。

某妖怪先輩以外に花宮の猫かぶりはバレたことがない。そのバレた時も、前世の中学一年生の頃。花宮の猫かぶり歴は10年を越している。そしてこっちに来てからは大人を手玉にとり数人下僕化させている。

そんな花宮の演技を探偵歴数年のコナンくんが見破れる筈がなかった。

しまいには


(俺が箱山波人は双子か二重人格かなんかか?あまりにも性格が違いすぎる)


とさえ思い始めていた。

それほどまでに花宮の優等生演技は完璧だった。

事態が動いたのは、花宮がこの世界が名探偵コナンの世界だと気付いてから3日後。


「コナンくん、聞きたい事があるならなんでも聞いてもいいよ?」


探られてた本人、花宮から仕掛けたのだ。


「えっ?」

「それに、コナンくん喋り方無理してるよね?お友達との口調と違いすぎるよ。僕にも楽に話していいんだよ」

「な、何の事かなぁー、僕わかんないや」


突然の事に、コナンくんは焦って否定する。


「そっか……僕には素をみせてくれないんだね……仲良くなったと思ったのは僕だけだったんだ……ごめんね!今の発言は聞かなかった事にして」


目の前の美少年があまりにも悲しそうな顔をしながらそう言うので、コナンくんは心苦しくなった。


「また明日、コナンくん」


そして少年は儚げな表情で笑うのだ。

コナンくんは自分が悪い事をしているのではと思い始めた。

だからコナンくんはコソコソと嗅ぎ回るのではなく、堂々と質問する事にした。


「待って!波人お兄ちゃん」

「……どうしたの?」

「えっと、その……お兄ちゃんは何を隠してるの?」

「僕に隠し事はないよ……って言えたらよかったんだけどね……あまり言いたくないかなぁ」

「でも、さっき何でも聞いていいよって言ってたよね?」

「そうだったね……じゃあコナンくん、この後暇?」

「暇だよ!」

「なら、教えてあげる。僕の秘密。コナンくんだから教えるんだよ?他の人には内緒だからね?」

「わかった!」


最近の日課は花宮の後をついていく、または調べる事だったコナンくんは少年探偵団のみんなに用事があるからといつも遊びの誘いを断っていた。

この日も予定が花宮について調べる事。それ以外に予定なんて入れていない。本人が秘密を教えてくれるというのならコナンくんは喜んでついていく。

花宮がコナンくんを連れて来たのは、自宅だ。

そこは学校で言われていたようなイメージとは合わない、築何十年も経っているボロボロのアパートだった。


「……ここは?」

「僕の家。ちょっと待っててね」


花宮は慣れた手つきでランドセルから鍵を出して、家の鍵をあけた。


「あがっていいよ」

「うん」


そうしてコナンくんが案内されたのは、中身が全てビールの空き缶のビニール袋がいくつも転がっている部屋。テレビなどはなく、布団が一式ひいてあって、その側には小さな机がある。その机にもビールの空き缶はあって、部屋はアルコールの匂いが染みついていた。

そこはけして子供が住めるような環境ではなかった。


「驚いた?汚いでしょ、僕の家。コナンくんが何を知りたかったのかはわからないけど、これが僕の秘密だよ。友達を家に連れて来たのは初めてだ」

「……波人お兄ちゃん」

「何?……あ、お茶とかお菓子とか出した方がいいよね。でも、ごめん。お茶もお菓子も置いてないんだ。お水でいい?」

「……うん。大丈夫」


コナンくんはこの異様な部屋になんて言ったらいいのかわからなかった。

けれど、この異様な部屋を見て、子供を育てられないこの環境を見て、ストレスで箱山波人は二重人格になったのではと本気で考えるようになった。


「先に部屋片付けるからちょっと待っててね。そこらへんに荷物置いて座ってて」


花宮はキッチンのところにある引き出しから袋を取り出して、転がってる缶を拾い集める。そして全部拾うと袋を縛り、ベランダに出した。

その後にようやくコナンくんに水を出した。


「はい、待たせてごめんね」

「ううん、ありがとう」


コナンくんは素直に受け取るが、内心とても気まずく感じていた。

確かに箱山波人は何かあると考えていて探っていたけれど、こんな事を暴きたかったわけじゃないのだ。近づいたのも、仲良くなりたいと思ったからではなく、どういう人物かより知るため。

それなのに自分に秘密を教えてくれた。

コナンくんの心は罪悪感でいっぱいだ。それにプラスして、もしかしたら波人お兄ちゃんは虐待を受けているのでは?という考えが浮かぶ。


「言いづらいんだけどさ……」

「うん、なに?」

「その……波人お兄ちゃんは虐待を受けてるの?」

「まさか!僕のお母さんはそんな人じゃないよ」

「でも……暴力とか振るわれてない?ご飯とか食べさせてもらってる?」

「手を出された事なんて一度もないよ。ご飯もちゃんと食べてる。確かにお酒をよく飲んで、稼いだお金も全部お酒に使っちゃうけど、僕にとってはほんとうに良いお母さんなんだ」


実のところ、花宮は虐待を受けている。

花宮の母親はオモチャや絵本ももちろん、ご飯や服も与えないし、自分の息子がどこに行ってるのかも気にしないし、家に帰ってこなくても気にしないし、気づいたら勝手に新しい服を手に入れてても気にしないし、育ててないのに勝手に育ってる事にも何も思わない。

完全にネグレクトだ。

けれど、やりたい事を自由にやってる花宮にとっては、何もしない、干渉しないというのは本当に良い母親の行いなのである。


「心配してくれてありがとう。でも何も問題ないから大丈夫だよ。こんなボロボロの家に住んでるなんて恥ずかしくて他の人には言えないんだけどね……」

「そうなんだ。じゃあ何か困ってる事あったら相談してね!」


とりあえずコナンくんは花宮の回答に納得したけれど、暴力を振るわれてなくても、ご飯はちゃんと食べてたとしても、オモチャも絵本もお茶すらないこの家でちゃんと生活出来るのだろうかと心配になった。


「そうするよ。コナンくん、少年探偵団なんでしょ?」

「どこで知ったの?」

「先生が普通に教えてくれたけど?」

「そうなんだ」

「今度お友達を紹介してね」

「うん!」


それからしばらく会話した後、コナンくんは帰った。

帰る途中、コナンくんは花宮を探るのを辞めて、今度はちゃんと友達になろうと、謎を見るのではなく本人を見ようと決意した。

じゃないと自分は本心で会話しないのに、おそらく誰にも言いたくなかったであろう秘密を教えてくれた波人お兄ちゃんが報われないと考えて。

けれどコナンくんは知らない。

自分の行動全てが花宮の思惑通りだと、知れるわけがなかったのである。