04


江戸川コナンは、花宮真箱山波人の家の事情を知ってから、花宮の"今度お友達を紹介してね"という言葉通り少年探偵団を花宮に紹介し、だんだんと一緒に遊ぶようになっていた。

けれど、花宮は他人から干渉されるのは好きではないし、子供達相手にするより自分のために時間使いたいと思ってるし、外で遊ぶより読書していたい派だし、空いた時間で下僕を増やしたがっていた。

当たり前だが、花宮は本当に友達を紹介して欲しかったなんて微塵も思ってなかったのだ。話の流れで周りのイメージにあわせて出た言葉にすぎない。

しかしコナンくんにはそんな事わかるはずもなく、花宮にとって嫌がらせに近い行為だったとしても、100%の善意で紹介した。

1度遊べば嫌われないように演じている、つまり誰からにも好かれる花宮が子供達に好かれるのは当たり前だし、次の遊ぶ約束を断ろうにも、優等生の仮面を被ってるので基本断れない。

そうして少年探偵団と付き合っていくうちにもともと良かった評価が更にあがり、花宮について聞くと"面倒見がいい"という言葉が挙げられるようになった。


(こいつらの所為で下僕増やせねーなぁ……まじ鬱陶しい。嫌がってるの気づかないのかな。気づくわけないか……あー、こんな事なら外ではあまり遊べない病弱少年やればよかった。サッカーも鬼ごっこも探検もクソつまんねーよ。今からでも設定作ろうかな……あ、俺運動も出来る設定にしてたんだったわ。今からやると無駄に構われるし病院連れて行かれる。それは避けたい。でも、こいつらの相手するの疲れるんだよ。くそうぜーし。本読みたい)


それでも花宮の内心はこんなもんだ。

これを考えているのは少年探偵団と遊んでいる最中だったが、顔に出さないのは流石だろう。


「波人お兄ちゃんボールそっちいったよー!」

「はーい!」


その言葉に花宮はつらつらと脳内で愚痴っていたのを一旦やめ、自分の元へと来たボールを蹴り返した。

そう、今はサッカーの最中である。

場所は学校近くの公園で、ゴールはないため遊具をゴールに見立てて軽いゲームをしていた。

元太くんに光彦くんに歩美ちゃん。そしてコナンくんに哀ちゃんと、今までは人数が奇数で必ず誰かしら見学者がいたのだが、花宮が入ったことにより余りの人が出る事なく、もうかれこれ二時間は身体を動かし続けている。子供の体力は底なしだ。

しかしずっと遊んでいるわけにはいかず、日が暮れたら解散だ。今日も帰る時間になり、いつも通り途中までみんなで帰ることになった。

ボールを持っているのは元太くんで、その隣には光彦くん。2人に歩美ちゃんがついていって、コナンくんと哀ちゃんは見守るように3人の後ろを歩いていた。公園を1番最後に出たのは花宮だ。

だから、仕方ないのかもしれない。少年探偵団が声を上げずに誘拐された花宮にすぐに気づかなかったのは。

あと一歩で公園の敷地から出るという寸前で口を布でふさがれて、抱えられ、一瞬のうちに今出ようとしていた場所とは反対側の出口に停めてあった車に花宮は連れてこまれた。

今までと違って下僕を増やすために自らの意思でついていったという訳でもなく、コナンくんがした勘違いでもない。ガチの誘拐だ。

口をふさがれた瞬間声を上げれば、車に乗せられる前に暴れていれば、コナンくんや哀ちゃんあたりなら気づいたかもしれない。

しかし花宮はそれをしなかった。

口をふさがれた瞬間に花宮は自分は誘拐されると判断した。抱えられた時には、このままあいつらか気づかないうちに誘拐されれば今後一緒に遊ばないという選択肢を増やせると思考した。そして車に乗せられる頃には少年探偵団のことなんて思考の隅にやり、自分は何故誘拐されるのかと考えていた。

だから花宮は声を上げず、一切暴れずに大人しく誘拐されたのだ。

さすが花宮といったところか、普通の子供なら泣いている。

けれど彼は忘れていた。残してきた江戸川コナンを含む、少年探偵団の4人も普通の子供とは到底言えないということに。





彼らが花宮が後ろについてきていないと気づいたのは、本当にすぐだった。それこそ公園を出てから30秒あるかないかくらいだ。


「波人にぃちゃん、明日も遊べるか?」


元太くんが後ろを振り返りながらそう聞いた時、花宮の姿がなかったのである。


「あれ?にぃちゃん?」

「あれ!?波人お兄ちゃんがいない!!」

「本当だ、いませんね。どこに行ったのでしょう」


いち早く動いたのは、やっぱりコナンくんだった。

いなくなったの認識した瞬間体が公園の方へと向いた。ほんの少しだけ進んだ道を戻り、公園内へと入る。

けれどすでに花宮の姿はない。

代わりにコナンくんが見たのは公園の向こう側の道路に止まっていたシルバーのワゴン車が発車したところだ。窓にはスモークフィルムが貼られているのか、中の様子は見えない。いかにも怪しかった。

コナンくんは反射的に後追いかけたが、当然車のスピードに追いつけるはずもなく、今日は学校帰りにそのまま公園に来て遊んでいたので、ターボエンジン付きスケボーも無い。

車はあっという間に行ってしまった。

そんなコナンくんを子供達が追いかけてきた。


「おーいコナン!」

「江戸川くん、彼は?」

「波人お兄ちゃん見つかった?」

「いや、いない。もしかしたら誘拐されたのかも」

「えぇ!?大変じゃないですか!!」

「早く警察に電話しないと!!」


焦る子供達だったが、そこに哀ちゃんが待ったをかけた。


「待って。ただ、隠れてるだけかもしれないわ。根拠でもあるの?」


冷たく感じるが、彼女には彼女なりの考えがあるのだ

哀ちゃんは、あらかじめコナンくんから花宮の家の事情を聞いていた。そして、もし何かあったら助けてあげてほしいと頼まれていた。

けれど哀ちゃんは、コナンくんの話を聞いてちょっとだけ違和感を持ったのだ。

父親はおらず、母親は居るがコナンくんの話を聞く限りアルコール依存症の気があり。なおかつ波人に自室などなく、持ち物は押入れに入れて生活しているようだった。子供が持ってそうな絵本などなく、子供のいる家庭なら普通はあるであろうお菓子は常備されておらず、どこの家でもありそうなお茶すらない。

そんな劣悪な環境でどうしてあんなに真っ当な子が育つのか。普通ならどこかしら歪んでいるはずだ。

哀ちゃんはそう考えていた。

だからこそ哀ちゃんは他の子達より花宮に懐かなかったし、急にいなくなったと言われても、親に構ってもらいたくて隠れたのではと思った。


「波人はそんなことしねーし、さっきいかにも怪しいワゴン車を見かけたからな」

「そう」

「じゃあその車を探せばいいってことだな!!」

「少年探偵団の出番ですね!!」

「コナンくん!みんなで探そう!!」

「あぁ、そうだな」


少年探偵団が事件に関わるのをあまりよく思っていないコナンくんも、今日ばかりは乗り気だ。

怪しい車を見たのは事実だが、誘拐されているところを見たわけじゃないのだ。探偵の勘がそうだと訴えていても、証拠はない。新一の状態だったらまた違ったかもしれないが、今の子供の状態で警察に通報してもだいたいが灰原と同じ反応になるだろう。

だからコナンくんは車を探す人手が欲しかった。

もう西の空はオレンジ掛かっていて、暗くなるまでもうすぐだ。だからみんなで帰ることににしたのに、花宮を探して帰る時間が遅くなっては保護者の方が心配するだろう。

時間はあまりない。

とりあえず知り合いの刑事である高木刑事に花宮がいなくなった事、誘拐された可能性が高い事を伝え、コナンくんでも信用してくれる刑事に手伝ってもらうことにした。

車の特徴と、番号を教える。

そうして一部の刑事達と少年探偵団は花宮真箱山波人を探し始めた。





一方その頃、花宮はというと、車内で手を紐で縛られ、目隠しをされていた。

これから連れて行く先を見せないためだろうか。それとも自分の顔を見られない為だろうか。

小学2年生にしてはおとなしい態度に少し疑問を思いつつも、犯人の1人である男は花宮を拘束し、目隠しをし、騒ぐんじゃねーぞと脅したのだ。

それからというものの、ただただ花宮は小さく震えながら泣いていた。暴れることはせず、泣くことで出るしゃくり声を上げないように唇を噛んで、目隠しに使われている布を濡らしていた。

もちろん全て演技である。

この姿を見て犯人が少しでも可哀想だと思えばラッキー。そうでなくても暴れないのはあまりにも怖いからだと思ってくれればいい。

そう考えての行動だった。

それから10分ほどして、車は止まった。

そして犯人の1人に抱き上げられたかと思うと、花宮はどこかに連れていかれ、最終的には何かに投げ捨てられた。

それから乱暴に目隠しを取られた花宮は辺りを見回した。

もちろん目隠しを取られる際、大げさにビクビクするのは忘れない。

そしてようやく景色を見れた花宮は、ここが廃業になったホテルだと察した。

自分が投げられたベットがあまりにも埃っぽく、壁紙は剥がれかけているが、部屋全体には統一性があり、なおかつホテル独特の部屋の作りをしているからだ。

それから、目の前に目出し帽をかぶった男が3人。

全員それなりに筋肉量があり、自分を誘拐する手口はあまりにも鮮やかで、手慣れていた事から、誰かを誘拐するのは初めてではないのだろうと考えていた。

そんな時、犯人の1人から声をかけられた。


「おいガキ、藤山会長の電話番号を教えろ」

「……えっと、その……藤山会長?って誰ですか?」


そう答えているが、花宮は藤山会長が誰か知っている。

藤山会長は花宮の下僕の1人だ。

察しがいいから花宮はその人がどこの誰で、上の立場にあって、どういう人間か知っているが、表面上はおじいちゃんと呼んでいて、本名など知らない事になっている。

だから知らないふりをしたのだ。


「あ"ぁ!?嘘ついてんじゃねーよガキ!お前が月1くらいに会ってるじじぃの事だよ!!知らないはずねーだろ!!」

「ひっ……あ、あの……もしかしておじいちゃんのこと、ですか……?」

「てめぇが言うじじぃが他に居なかったらそいつに決まってんだろ!」

「ご、ごめんなさい!」

「おい、少し落ち着け。こんな小さい子にキレてどうする」

「時間ねーのは事実だろ」

「そうだが、こう怖がらせては聞くものも聞けない」

「ならお前がやれよ!俺は見回りしてくる」


そう言ってずっとキレてた男が出ていき、


「……では俺は準備をしてくる」


とずっと黙っていたもう1人の男が出ていった。

そして残った1人が花宮と向き合った。


「怖がらせてごめんね」

「いえ、あの……」

「波人くんだよね?」

「そうです」

「じゃあ波人くん、さっき言ってたおじいちゃんに繋がる電話番号を教えてくれないかな?」

「その……ごめんなさい。僕、番号覚えてないんです。携帯に全部入ってるから」

「その携帯は今持ってるかな?」

「えっと、ランドセルの中に入ってます」

「じゃあ取ってくるから、大人しくしててね。少しでも逃げようって考えたら、酷い事するから」

「わかりました……」


そうして最後の男が出ていった。

犯人が全員出ていったのを確認すると、花宮は怯える演技をピタリと辞めた。

震えている演技は酷く疲れるからだ。

そして花宮は思考を巡らせながら、部屋を漁り始めた。