06

それから間も無く、ガチャン、とドアが開いた。

中に入ってきたのは最初言い合いをしていた2人だ。


「あれ、寝ちゃったのか」

「チッ……蹴り起こすか」

「辞めなよ。こんなに綺麗な肌してるのに、アザなんかつけたらもったいないじゃないか」


そこで花宮はあれ?と思った。こんな感じの人種を知ってる、と。


「気持ち悪っ」

「酷いなぁ。君達は金を手に入れる。俺は少年を手に入れる。win-winな関係じゃないか」

「そーだな。それでもお前のそれは理解できねーよ」

「そうかな?今回の子はすっごく綺麗で可愛いと思わない?暴れないで、震えて静かに泣いて、とっても従順で、純粋で。今なんかほら、寝てる姿がまるで人形のようだと思わないかい?」


とんだショタコン野郎だった。

これには花宮もびっくりだ。

まさか身代金目的と少年目的の二つの理由で動いていると思わなかったのだ。


(え、キモ。なら短期な男が言ってた"いかにも優男のふりをした"っていうのはショタコンっていう意味か。えぇ……ドン引きだわ。てか普通に腹黒とかそういう方向なんじゃねーかと……つーか俺目的なら"言うことをちゃんと聞いていれば責任を持って家に返すよ"ってセリフは完全に嘘じゃねーか。いや最初から信じちゃいなかったけど)


花宮は鳥肌が立ちそうになるのを気合いで抑えていた。

寝ている人は鳥肌なんて立てないからだ。


「まぁ今回のガキはいつもより見た目整ってんな」

「お、理解してくれた?でもこの子はあげないから」

「いらねーよ!!もう、ほら、さっさと起こせよ。俺がガキを蹴る前にな」

「この子蹴ったらお前を殺すから」

「わかった、わかったからさっさとやれ」

「じゃあ出てって」

「……なら何で俺を連れて来たんだよ」

「起きてた時の脅し要員。今はもう寝ちゃってるから必要ない。エントランスの見張りに戻れ」

「はぁ……はいはい、リーダー様の仰せのままに」


男は呆れるように部屋を出ていった。

さて、残ったリーダーはというと、


「え、なにこの子ほっぺたモチモチ過ぎない?うっわ素手で触りてー」


花宮の頬をつついて遊んでいた。

どうやら指紋を残さないようにしていた手袋を外して直接花宮に触りたいらしい。

この男、どうやらショタコンの上変態だったらしい。いや、ショタコンはみんな変態なのか?

少なくともYESロリショタNOタッチ、ではなく、YESロリショタGOタッチという思考なのは間違いない。

男はそのまま花宮の頬を弄り続ける。


「……ん…………うん??」


頬を弄られれば流石に人は起きるかと考えた花宮は起きた。


「えっと……」


そして起きたばかりで状況が理解出来ない。

それから目の前の男を認識すると、


「ご、ごめんなさい!寝ちゃってました!」


そして自分がやらかしたと考え、全力で謝った。

もちろん全て演技である。


「いやいーよ。それより聞きたい事あるんだけど、いいかな?」

「はい」

「キミと藤山会長との関係は?」

「えっと、おじいちゃん?はおじいちゃんです。でも僕の本当のおじいちゃんじゃないです。僕、本当のおじいちゃんが居なくて、おじいちゃんの方ははんこうき?のお孫さんの代わりに僕を可愛がってくれています」


何回"おじいちゃん"って言葉を使うんだとツッコミたくなるほど説明がわかりづらい。

いつもならもっとわかりやすく、おじいちゃんと慕ってるけど血の繋がりはなく、反抗期に入った孫の代わりに可愛がってくれているなどとスラスラ言えるが、今は一般的な小学2年生っていうことにしてるため、あえてわかりづらくしたのだ。

本当に花宮の演技は隅々まで凝っている。


「なるほどね。わかった」

「あの、何かあったんですか?」


そう聞いているが、花宮はちゃんと理解している。

要するに、藤山会長にとって花宮は可愛い孫だが、血の繋がりはないからわざわざ守る存在でもなく、身代金を要求されたって払うわけがなかったのだ。

きっと波人を誘拐したと脅したら、そんな子知りませんで電話を切られたのだろう。

薄情にも思えるが、世の中そんなものだ。


「いや、気にしないで。俺は電話してくるから波人くんはまだ大人しくしててね」

「わかりました」


男は出ていったが、ドアのすぐ前で電話をしているようで、うっすらと声が中まで聞こえる。


「…ぅ…ら………ぅ…………じゃ……………ぃ」


ベットにいる花宮にはほとんど聞こえず、内容は理解出来ない。

今度は数分で戻って来ると考えて、花宮は大人しくしていた。

それから間もなく、リーダーの声色が変わった。


「おい、サム!?サム!!」


どうやら電話の向こうがで何かあったようだ。





時間をかなり戻してコナンくんサイド。

コナンくんがよろぎ駅の近くに着いた頃、ちょうど電話がかかって来た。


《もしもし江戸川くん?》

「もしもし?」

《そろそろ駅まで着いたかしら。まぁ兎に角その周辺で子供を監禁出来そうな場所をメールで送ったわ。とりあえず人が住まなくなった家や使われなくなったビルをまとめたのだけれど、それで良かったかしら》

「あぁ、助かる!じゃ、また何かあったら連絡してくれ」

《えぇ。気をつけてね》


哀ちゃんから貰ったメールを見て、1番近い場所に向かって、コナンくんは走り出した。

メールに書かれていた場所は全部で5箇所。

誰もいなくなった一軒家が2つに、人がいないビルと廃ビルでそれぞれ2つ。そして廃業になったホテルだ。

1番近い場所は一軒家の2つで、その場所は50メートルほどしか離れていない。どちらも敷地内に入ってどこにも明かりがない事を確認すると、コナンくんは次の場所に向かった。

向かった先は、一応まだテナント募集はしてあるものの、しばらく誰も入らず、放置されているビルだ。

やはりそこも明かりはなく、不審な車もない。

ここにはいないと判断して、次に近い場所である廃ホテルへと向かった。

さっき居た場所からコナンくんの足で10分ほど走って、ようやく廃ホテルにたどり着いた。

本来、誰もないはずのそこには、2箇所、明かりが灯っていた。

裏側には隠すように、公園で見た車が止まってある。


(ここだ!)


コナンくん花宮が居るのはここだと確信した。

中にいる人たちにバレないようにホテルの中に入り、時計のライトをつけて進む。

コナンくんは階段を探し出して、明かりがあった階まで登ろうとしたが、上の階から足音が響いて来た。

とっさにライトを消して、コナンくんは隅に隠れた。

だんだん、足音が近づいてくる。

こんな場所にいるなんて、どう考えても犯人だろう。

そう考えて、時計型麻酔銃を構えた。

ゆっくりと近づいてくる足音。犯人より先にまず犯人が持っていた明かりが見え、そのあとすぐに目出し帽を被った男がコナンくんの視界に入った。

狙いを定めて、迷いなく撃たれたそれは犯人に無事刺さり、男はふらふらと数歩歩いた後、その場に倒れた。

コナンくんは目出し帽をとって、男が履いていた靴の紐で手を後ろに結んで、その場に放置して先に進んだ。

本当は他の人に見つかりにくい場所に移動させられれば良かったのだが、コナンくんの小さい身体ではそれは出来ない。

だからさっさと次に進んだのだ。

そして4階へとたどり着いた。

外から見て明かりがついていた場所は4階と5階。まずは近い方から様子を探ることにしたようだ。

コナンくんは明かりが漏れていた部屋のドアと床との隙間から盗聴器を滑り込ませた。


(誰もいない?……あ、電話が鳴ってる。……止まったな。やっぱり中に誰かいるのか)


耳をすませて中の会話を聞いた。


「もしもし?」

「……そうか。それで?」

「……了解した」


1人分の声しか聞こえないので、コナンくんは中に居るのは1人だと判断して、犯人に気づかれないようにそぉっとドアノブを回した。

音を立てることなくドアが開かれたまでは良かった。けれどそこで運悪く電話中の男が振り返ったのだ。

コナンくんの存在がバレてしまった。

コナンくんは心の中で舌打ちをしながらも、相手が何かする前にとベルトからボールを出して、思い切りそれを蹴る。

やはりそのボールを避けられる人はなかなかいない。

ボールは見事に犯人の顔面にクリーンヒットし、男は気絶した。

先程と同じように目出し帽をとって、靴紐で手を縛る。

そして部屋を見回って花宮が居ないのを確認するとまたコナンくんは次の階へと駆け出した。

5階に行って、先程と同じようにコナンくんは明かりが漏れていた部屋の様子を伺うが、何故か反応がなかった。

思い切って、ドアを開ける。

けれどそこには誰もおらず、花宮のものであろうランドセルが放置されているだけだった。





花宮の方へと場面を戻そう。

ドア向こうでリーダーが声を荒げるのを聞いて、花宮は冷静に


(絶対主人公が何かしたよな。流石にあの電話じゃ誤魔化されねーか。面倒だから来ないで欲しかったなぁ)


なんて考えていた。

仮にも助けに来た人に対して酷い言い様である。

花宮はそう考えていると、ドアが雑に開けられた。


「波人くん、ちょっとお外行こうか。ここから一言でも喋ったら指か腕か足を折るから」


花宮が頷いたのを確認したリーダーは、前から花宮を抱き抱え、今度は丁寧にドア閉めて外に向かった。

花宮は主人公が居ればなんとかなるだろと楽観的に考えているので、特に抵抗はしない。

それからリーダーは非常階段を下りると、止めてある車の方へ向かった。

そして、車に乗り込もうとした時。


「待て!!」


その場にコナンくんの声が響いた。

部屋に誰もない事を確認してすぐに車で逃げるだろうという考えになり、急いで階段を駆け下りて来たのだ。

コナンくんの息は荒れている。


「君は誰かな」


振り返ったリーダーがそう聞いた。


「江戸川コナン、探偵さ」

「へぇ……コナンくんか。どこかで見たことあると思ったけど、思い出したよ。お手柄小学生とか、キッドキラーとかで新聞に載ってた子だね?」

「いいから波人を離せ!」

「そう言われても、俺が君に従う理由はないね。この子が欲しいなら、力ずくで奪いなよ。どうやって他2人を倒したのか知らないけど、どうせ偶然だろ?だから君には無理だと思うけど」



コナンくんは一つだけミスを犯していた。

本来なら車と明かりがあった場所を見つけた時に警察に通報すればよかったのだが、今回はあまりにも焦っていて、それを忘れていたのだ。

だから、いつもはもう来るであろう時間が経っても、警察が来ない。

気丈に振る舞っているが、状況を突破する方法がなかなか思いつかないコナンくんはとても焦っていた。

そんな状況で、動いたのは花宮だった。

いい加減、ずっと拘束されているのも飽きたし、主人公は何かしそうな雰囲気はないしで、仕方がないから自分で解決しようと思ったのだ。

そして何より、自分に対して綺麗で、可愛いくて、従順で、純粋なんて思っていた、リーダーの理想像をぶっ壊したくなった。

まず花宮は、拘束された手を犯人の首にかけた。


「どうしたの?波人くん」

「リーダーさん、俺に優しくしてくれてありがとう」

「波人くん?」


そんな声を無視して、片足で密着していたお腹を思い切り蹴り、抱っこされていた手から抜け出すと、もう一度蹴って、かけられた手はそのままに、背中側に回る。

そして背中で膝を固定して、両手を後ろに引っ張った。


「なんて、本気で言ってると思った?いやぁ、本当におじさん達馬鹿だよな。俺の演技に気づかないなんて。友達から何回もかかってきたからって電話返すのもあり得ない。あの時は居場所がバレたいのかと思ったよ。それに、ここまで俺を連れて来るのも意味がわからない。誰か来たと思ったら怪我をさせた俺を置いていって時間を稼ぐべきだったね。今も、脅して手を拘束してれば反撃されないと思った?ざんねーん、あいにく俺はお前が想像するいい子ちゃんじゃないので。本当に、滑稽だったよ。おじさん達」

「な……に………を………」

「ま、他にも色々言いたいことはあるが、とりあえず死ね。変態ショタコンクズ野郎」


息が出来なくなった犯人は、その場に崩れ落ちた。

そして花宮はかけていた手を外した。


「コナンくん、これ外してくれる?」


拘束された両手を差し出した。


「あ、うん」


突然の花宮の豹変に、コナンくんは呆然としていたが、差し出された手を無視することは出来ないので、とりあえず外しにかかった。

その作業中に、色々出てきた考えをまとめる。


「波人お兄ちゃん。大丈夫だった?」


そして色々考えて出てきた言葉がそれだった。


「うん。平気だよ」

「さっきのは……」

「なんの事かな?」


花宮はとても綺麗に微笑んでいる。

強引になかった事にしたいらしい。


「それよりも、まだ外せない?」

「うん。硬く結ばれちゃってるから」

「そっかー。なら無理に外そうとしないで警察を待った方が早いかな」

「あぁ!」

「どうしたの?」

「警察呼ぶの忘れてた……」

「そうだったんだ。コナンくん今携帯持ってる?僕の携帯は上にあるから、今あるならコナンくんがかけて欲しいんだけど」

「わかった。ちょっと待っててね」

「うん」


それからコナンくんは警察を呼び、5分ほどでこの場に到着した。

来たのはいつもの見慣れた刑事達だ。

すぐにコナンくんが現状を話して、花宮は縛られていた紐を切ってもらって、ようやく両手が自由になった。

布製の紐だったのだが、リーダーを絞め落とした時に強く引っ張った為、その手首は痛々しく紫色になっていた。

しばらくこの跡は残るだろう。

その後は、犯人は3人とも逮捕され、花宮は念のため病院に連れていかれて、1日入院する事になった。

保護者への連絡は、母親ではなく、花宮の忠実な僕に連絡した。

警察の方々を含め、コナンくんもその場に来た彼女を花宮の母親と思っている事だろう。

そして当たり前だが、次の日花宮は学校を休んだ。

その次の日には学校に行ったのだが、両手首に包帯を巻きながらの登校だったので、クラスメイトからも、担任からも少年探偵団からも、みんなに花宮は心配された。

本人は内心とてもウザがっている。


「波人お兄ちゃん、あの時の事なんだけど」

「ごめん、今ちょっと忙しいんだ。放課後にしてもらえると嬉しいな」

「えぇー」


誘拐事件から、数日。花宮とコナンくんとの間では、こんなやりとりが行われている。

このやりとりはもうしばらく学校内で見られるだろう。