ふたりめ

誘拐された事を理由に花宮は少年探偵団の誘いを断るようになっていた。もともと花宮は望んで遊んでいた訳ではない。理由があるのなら断って当然だ。

断られて諦める少年探偵団ではないのだが、花宮はしょんぼりしながら"お母さんに早く帰ってこいと言われてるから"と言い、あたかも自分は本当はみんなと遊びたいんだ、でも言われたから……という演技をしている。

そんな花宮は遊びを断ることによって出来た時間を、前のように下僕を集める時間に当てていた。

今回の待ち合わせ時間は夕方ごろだ。

なので待ち合わせ場所が大体人が来ない場所であろうとも、万が一夕暮れ時に花宮が街にいるのを少年探偵団の誰かに見かけられたら、花宮は嘘をついていたとバレてしまう。バレてもなんとかなるであろうが、花宮はめんどくさいので言い訳しやすい自宅近くの公園を待ち合わせ場所にしていた。

ちなみに1番最初に下僕をゲットした場所でもある。

花宮はそこのベンチに座り、本を読みながらネットで探した下僕候補を待っていた。候補とつくのはまだちゃんとせんn……じゃなくてちょうk……でもなくて、お話し合いをしてないからだ。これから会って、徐々に下僕化させる予定である。

そんな花宮に、一人の青年が声をかけてきた。


「君が波人くんか?」


その声に花宮は本から目を離し、顔を上げながら返事をした。


「はい。えーと、春越さんですね?」


顔を見合わせた二人は固まった。

それは、お互いあまりにも見たことのある顔で、しかしこの世界には居るはずもない人がだったのだから。

かなり分かりづらいものだったけれども、二人の顔に浮かんだのは動揺だ。

だけどそれを見て二人は確信した。


「……古橋か?」

「花宮………」


会えるはずがないと思っていた、前世の仲間との再会だった。

そしてなんでここに居るのかとか、今は何をやってるのかとか、様々な疑問が浮かび上がる。そんな中、古橋(今の本名は春越らしいが、ここでは花宮と同じく前世の方で統一する)が最初に言った言葉がこれだった。


「可愛くなったな」

「あ"?」


まごう事なき古橋の本心だし、花宮もそれを自覚して下僕を増やしているが、かつての仲間に可愛いと言われるのは嫌だったらしい。


「すまない。ただ……」

「はぁ……わかったよ」


何を言えばわからなかったから思ったことががポロリと口に出た。そう古橋が説明する前に瀬戸のごとく言いたいことを先読みして花宮は話を遮った。


「それで、春越風二郎が今の本名で合ってるのか?」

「そうだ。そういう花宮も箱山波人なのか?」

「まぁな。これからは今の方で呼べよ」

「わかった、波人くんと呼ぼう」


確かに今の花宮は古橋より年下だ。具体的な年齢は聞いてないのでわからないが、少なくとも制服を着ている時点で中学生か高校生。前の時の身長を考えると古橋は高校生くらいだろうか。

だから古橋が名前+くん付けで呼ぶのは何もおかしくない。おかしくは無いのだが、なんとなく花宮は古橋にそう呼ばれるのは嫌だった。


「………っち。なんでお前が年上なんだよ」

「この世界では俺が先に生まれたからな」

「ふざけんなし」

「そういわれても、俺にはどうする事も出来ない」

「わかってるよ!!」


わかっていても嫌なものは嫌なのが花宮だ。そう簡単に納得するほど素直な人間なら前世でラフプレイヤーになんかなっていない。

そうこうしているうちに、空はオレンジ色に染まっていた。なので2人は歩きながら今までの状況を説明し、詳しい話は今の花宮の家ですることにした。こんな時間に公園で年齢差のあるものが2人っきりに居てはいろいろと勘繰られるだろうと考えたからだ。

そうして花宮は歩きながら簡潔に家がボロくて母親がゴミのような人間だから下僕を増やしたと説明した。

対する古橋は暇をしていてネットサーフィンをしていたら花宮と似た特徴の子がいたのでつい来てしまったと説明した。

花宮のは相変わらず意味がわからないし、古橋のはストーカーのセリフにしか聞こえない。だけれどそこそこの付き合いがあった2人だ。互いにどんな性格かはわかっている。それぞれ勝手に納得し、今後の事を話し合っているうちにボロいアパートについた。





花宮はドアに鍵をさして、違和感を覚えた。いつもだったら母親はこの時間帯には家にいないはずなのに、鍵が開いているのだ。そして何故か、母親がいるなら家の電気が点いている筈なのに電気はついていない。

ドアの前で考え込んでいる花宮に対して古橋が声をかけた。


「花宮、どうした?」

「いや……」


今の状況を説明するより先に中の状況を確認した方がいいと考えた花宮はとりあえずドアを開けた。


「お前、ここで待ってろ。中には入るな」

「わかった」


古橋は素直に頷く。異変が起きたと察したのだろう。

そうして家の中に入った花宮が目にしたのは、血を流して倒れているこの世界での母親の姿だった。

空き巣か何かかと思っていたが、まさか自分の母親が死んでいるとは思わなかったな、なんて考えながら花宮は冷静に状況を観察する。

まず、遺体は布団の上で仰向けで倒れていた。腹部に複数箇所なにかで刺された形跡あり。凶器は近くに見当たらない。衣服は乱れている。犯人ともみ合ったのだろうか。しかし部屋は荒らされた形跡はなく、唯一部屋にある小さなテーブルの上には珍しく缶ビール以外のもの、お茶のペットボトルが乗っていた。

部屋に誰かを招き、そのまま殺された様子だ。大量に流れた血に、開かれたままの瞼。脈を図るまでもなくすでに死んでる事がわかる。

アルコール依存症で、キャバ嬢をやっており、自分の子供の存在を無かった事にする世間一般的にはロクでもない母親だ。それが今日とは予想していなかったが、いつかはこうなりそうと花宮は考えていた。

実は母親が好きだったとかそんな事はない。思い入れもない。ただし放置してくれる親でラッキーとは思っていた。

だけど、もともと母親の力を借りずに生きてきたけど、保護者ではあったのだ。死んでしまったら花宮は別の誰かに引き取られることになる。引き取られた先でもその人が花宮を放置してくれる人とは限らない。


(めんどくせぇ事になったな。貴重な保護者役だったのに。はぁ……俺が簡単に説得できる人か今いる下僕の誰かに引き取ってもらおう。そうなるように誘導すれば案外なんとかなるだろ)


仮にも自分の母親が殺された状況で思ってたことがこれだ。

そんな花宮は一旦外に戻り、古橋に事情を説明した。


「中でこの世界の母親が死んでたわ。救急車を呼んでくれ」

「救急車でいいのか?」

「お前は部屋の中に入っていない。俺を家まで送り、帰ろうと思ったら中から泣きながら俺が飛び出してきて、母が倒れているという事を聞いたことにしとけ。その場合普通人が呼ぶのは救急車だ。人が倒れているのを聞いたのに、中に入らなかった理由は俺が離さなかったからとかでいいだろ」

「わかった」


そうして古橋が救急車を呼び、しばらくして救急車が到着した。

到着した救急隊員が死亡を確認。そして警察を呼ぶことになった。

それから数分後。サイレンを鳴らしながら刑事はやってきた。もっと具体的にいうなら警視庁捜査一課三係……いわゆる目暮警部、佐藤刑事、高木刑事といったいつもの人達だ。


「被害者の名前は箱山夏海。26歳。キャバクラで働いていたようです。死亡原因は刃物に複数刺されたことによる失血死ですね。遺体の状況からみて、発見時被害者は死んでから2時間もたっていなかったようです」

「それで……第一発見者は春越風二郎くんでよかったかしら?」


部屋の中に複数人居るのには部屋は狭く、ずっとそこに居られる状況じゃ無かったので、状況確認はアパートの外でされた。

だから今も古橋は部屋の中に入っていない。しかし、救急車に電話したのも、刑事から確認を受けているのも全部古橋だ。第一発見者だと勘違いしてしまうのも無理はない。

だけど実際には古橋は被害者、つまり花宮の母の顔すら知らない。部屋に一歩も踏み入れてないから、ドアを開けた時に見える部分しか、中の状況も知らないのだ。

ちなみに花宮は救急車が来てからずっと古橋に抱っこされながら、顔を肩にうずめて泣いている。一般的な小学2年生はこの状態なら泣くだろうと考えてのことだ。


「いえ、俺はこの家に入ったことすらないです。発見したのは波人くんです」

「波人くん?……ってあの時誘拐されてた子か!」


その声にようやく花宮は顔を上げた。


「ひっく……えっと……あの時の刑事さん?」


その場にいた佐藤刑事と高木刑事はどうして波人くんが、と思ったことだろう。

確かに波人の名字は今回の被害者と同じ箱山だったけど、誘拐された時迎えに来たのは今回の被害者ではなかった。

もしかしたら叔母にあたる人物なのだろうか。

そう思いながら佐藤刑事は花宮に質問した。


「波人くん、箱山夏海さんとどういう関係かな?」

「えっと……僕のお母さんです」

「えっ、じゃあ前に君を迎えに来た人は誰だい!?」

「僕の友達です。あの時はお母さんが仕事で、来れなかったから、いつもお世話になってる人を呼びました。あれ?僕言いませんでしたか?」


確実に言っていない。むしろあの時はその場に来た人物を母親に見せかけようとしていた。

ここで凄いのは、花宮は母親に見せかけようとはしていたが、その人の事を一度も母親ともお母さんとも言わなかったことだ。

それは、通報でやってきた刑事達が捜査一課強行犯3係という原作によく登場するメンバーで、江戸川コナンが関わってくるならまた出会い、その時血のつながりもない人を母親と断言していたら不都合があるだろうと見越していたからである。さすが花宮、用意周到だ。

誘拐されたのに、仕事の心配をして母を呼ばないのは聞き分けが良すぎる子どもになってしまうのだが、それでも花宮は常に優等生の猫をかぶってるので問題なかった。

今も、子供らしく涙を流してはいるが、普通の子供のように泣き喚いてはいない。天才である片鱗も見せず、優秀で頭のいい子供という範囲に納め、ちゃんと小学2年生に見えるようにしている。


「確かに一回もお母さんと呼んでなかった気がするなぁ」

「そうね……あ、そうだ。波人くんが第一発見者なのよね?波人くんにとって辛いことかもしれないけど、お母さんを見つけた時の状況を教えてくれる?」

「わ、わかりました」


そうして花宮は春越さんに家に送ってもらった事、家の鍵が開いていた事、中に入ったらお母さんが血を流してた事、帰ろうとしてた春越さんに助けを求めた事、そこから先はあんまり覚えてない事と、一応順序はしっかりしているが、敢えてたどたどしく状況を説明した。

なお、話している最中、辛いけどしっかりしている子供アピールとして涙を流さない程度に瞳をうるうるさせている。

この演技力の高さ……一体花宮はどこを目指しているのだろう。