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花宮が話している間、警察は箱山夏海が持っていた携帯電話のメール内容から、死ぬ前に会っていたであろう3人を特定して、容疑者としていた。電話帳にもその3人の名前があり、電話をかけてみると、幸いにも全員と繋がって、すぐに来てくれることになった。

そうしてその3人を待つことになったのだが……


「波人兄ちゃん何かあったの!?」


なぜかコナンくんが来た。

理由はだいたい想像できる。

誘拐された時の犯人に対する花宮の態度が未だに気になっており、学校では相手してくれないとわかったから、少年探偵団達と遊んだ後、家に来てみたのだろう。そしたら波人お兄ちゃんの家で事件が起こっていた。

花宮も花宮で、覚悟はしていた。ここは名探偵コナンの世界で、コナンくんと関わりがある自分が事件に巻き込まれて、そこに主人公であるコナンくんがいない方がおかしい、と。

そして実際に、コナンくんは花宮の家に来たのは最初の1回だけだったのに、久しぶりに来た2回目で今回の事件に遭遇している。

相変わらずコナンくんは事件に縁があるようだ。

いくらコナンくんが来るという覚悟をしても、嫌だった事には変わりないので、花宮は内心舌打ちをしながら、コナンくんと会話するために、古橋から降りた。

そして、箱山波人の皮を被ってコナンくんの質問に答えた。


「えっと、その……お母さんが死んじゃって……」

「そんな……」

「それで……お母さん、誰かに殺されたみたいなんだ……」

「な、波人お兄ちゃんは大丈夫?怪我とかしてない?」

「うん、僕は大丈夫だよ」


そう言って花宮はいつかコナンくんに見せた、儚げな表情で笑った。だけれど、今にもこぼれ落ちそうな涙は隠しきれていない。誰の目から見ても無理して笑ったのが丸わかりだった。

こんな時くらい、泣けばいいのに、普通の子供なら泣くのが当たり前なのに、悲しみを隠そうとする。そういえば、自分が誘拐された時も波人くんは母親に連絡しなかった。部屋にはビールの空き缶がいっぱいあって、子供が持っているようなオモチャなどは一切なかった。もしかして波人くんは、母親から愛されていなかったのではないか。やっぱり、虐待を受けていたのではないか。

この場にいた全員がこれと似たような考えをした。

つまりそれは、花宮の思惑通りに他ならなかった。

優等生らしく、古橋から降りてコナンくんと目線を合わせた。頭の良い子供らしく、状況を理解しているようにみせた。母親が大好きだった子供らしく、悲しんだ。だけれど、母親に愛されていなかった子供らしく、無理して笑った。

そして今も、気丈に振る舞っているように見せかけて、辛いという感情を殺すように古橋のズボンを強く握りしめている。

これを、誰が演技だと疑うのか。


(チッ、来ると予想してたけど、本当に来んなよ主人公。邪魔でしかない。この事件密室でも何でもねーし、ダイイングメッセージがあったわけじゃねーし、殺され方はふつうに刺殺だし、凶器は無かったが、この短時間で殺人が発覚したのならすぐに見つかるだろ。この事件に探偵が必要そうな謎なんてない。完全に警察の仕事だ。探偵が要らないなら主人公も来なくてよかったのに……なんで来るんだよ。やっぱりあの時イライラしてたとはいえ、素直に同じ学校名を言わない方が良かったか……)


花宮の内心なんてこんなもんなのに、一連の流れを見ていた高木刑事なんかは若干涙ぐんでいる。

そしてコナンくんは


「……俺が、俺が絶対に犯人を見つけてみせる!!」


と固く決意していた。

今この場で花宮の本性を知っているのは本人と、古橋しかいない。つまり近くで会話を聞いていた鑑識の人を含め、警察とコナンくんの全員は花宮の演技に可哀想なほど騙されていた。憐れだ。





そのやりとりから10分もしないうちに、容疑者の3人がほぼ同じタイミングで来た。

そして中にいた目暮警部や他の刑事達も外に出てきて、1人ずつ話を聞くことになった。


「えぇと、それぞれお名前とご職業、箱山夏海さんとの関係を教えてください」


目暮警部がそう聞くと、3人は順々に答えていった。


「俺は高橋陸だ。金融系の会社で働いている。夏海とは1年前に3ヶ月くらい付き合ってた」


パーカーにジーンズとラフな格好をしている。髪は黒なのだが、どこかチャラチャラした雰囲気がある男性だ。


「私は加藤愛。看護師よ。なっちゃん……夏海とは高校の時からの親友だったわ」


看護師だからか、髪は上にまとめ上げられていた。私服なのだが、服装はどこか地味だ。そして縁の細い眼鏡をかけている。


「僕は斉藤正人、IT系の会社で働いています。夏海さんのお店によく通ってました。同伴とかもよくしてて、夏海さんとそこそこ仲がよかったと思います」


スーツを着ているのだが、かなりの痩せ型で、なよなよしい雰囲気がある。仕事帰りなのか、髪はきっちり固められていた。


「なるほど。それで、3人とも今日箱山夏海さんと会っていたのは間違いないですかな?」


その質問に、全員が頷いた。

はたして、この3人の中に犯人はいるのか、いるとしたら誰が犯人なのだろうか。





日が完全に暮れ、あたりを街灯とパトカーのヘッドライトが照らす中、事情聴取は続けられていた。


「ええと、それでは高橋さんから詳しいお話を聞いていきますね。今日は何の用事で何時頃に夏海さんと会いましたか?」

「会ったのは13時頃だな。ここの近くのファミレスで夏海の方から会って話がしたいって言われたんだよ。一緒にご飯食べながら話して、14時には別れた」

「どんな話だったかお伺いしてもよろしいですか?」

「仕事辞めたいとかそういう愚痴だよ。もともと働いてなかった夏海を働かせたのは俺だ。だから色々言いたかったんだろ。まぁ俺もまさかキャバ嬢になるなんて思わなかったからそれで別れたんだけど」

「なるほど。ありがとうございました」


一通り高橋陸から話を聞き終わると、次は箱山夏海の親友という加藤愛の話を聞くことになった。

質問は先程と同じだ。


「私が10時ごろに彼女の家に行きました。会うのは3年ぶりくらいで、お互いの近況を話してました。そういえば、今日元彼に会うんだと嬉しそうに話していましたね」


続いて、斉藤正人の話だ。


「今日は同伴の約束をしていたので、16時半に夏海さんの家に行きました。しかし、咳をしながら風邪をひいたので今日は休むと言われたので帰りました。5分もその場に居なかったと思います」

「あのー、同伴とはなんでしょう?」

「あぁ、同伴とはお店の開店前に会って食事などをした後、そのまま一緒にお店に行くことです。普通は待ち合わせとかをするんですけど、彼女から起こしてと言われてたのでそれで家に……」

「ありがとうございます」


これで一応全員から話が聞き終わった。


「1番怪しいのは斉藤さんですね。1番最後に会っていますし、会っている時刻が死亡推定時間と一致します」


確かにそうなのだが、それを本人の目の前で言うのはどうなのだろう。


「そんな!?」

「あ、あくまでも現時点でですから!」


なんて返答しているが、なんの慰めにもならない。

そもそも、被害者の息子の前で容疑者の事情聴取を行うのもどうなのだろう。

今回は波人くんの中身は花宮なのでさほど気にしていないが、普通の子供だったら目の前で母を殺している人物がいるかもしれないという状況はあまり良くない。

それに、いくら殺人事件は初動調査が大切だとされていても、わざわざ現場に容疑者を呼んでそこで事情聴取する必要があるのだろうか。

本当にたまたまだが、今この場にはコナンくんがいる。やらなくても良い事情聴取をこの場でやるというのは、まるでコナンくんの為にその様子を聞かせて事件を解かせたがってるみたいだ。

さて、そんなコナンくんはというと、ざっと容疑者達の話を聞き終わったら、今度は事件現場である部屋の中に謎を解く鍵がないか探していた。

すでに遺体は運び出されている為、部屋の様子は、大量の血の跡があるということ以外は前回コナンくんが来た時とあまり変わらない。部屋の中には推理の手助けになるようなものは何一つなかった。コナンくんはまだ誰が犯人かわからない。

そもそも、花宮が内心で呟いていた通り、この事件に探偵が得意とする謎なんてないのだ。

凶器は普通のナイフ。現場には誰でも入れた。ダイイングメッセージはなし。容疑者全員、被害者の死亡推定時刻にはアリバイはなかった。メールからとりあえず今日被害者と会っていた3人を容疑者として現場に呼んでいたが、箱山夏海はキャバ嬢で、人の恨みなんていくらでもかっている。

つまりまとめると、凶器はありふれたもの、殺害動機を持つ人間はいっぱいいて、部屋に鍵がかかっていなかったことから、誰でも犯行可能。特に不思議なものも残されていない。

今回の事件は、コナンくんが今まで解いてきた事件とはある意味真逆だ。苦戦するのも無理ない。

そんなコナンくんと違って、花宮は犯人が誰かおおよその検討がついていた。

コナンくんより花宮の方が頭が良いとか関係なく、2人は揃って一般人より頭が良い。コナンくんも普段は難解な謎を解いている。それなのに何故今回事件をコナンくんが解けず、花宮には解けたかというと、ヒントは遺体にあったからだ。

花宮は第一発見者。対するコナンくんは遺体を見ていない。そう、たったそれだけの違いだ。