如雨露を持って
今日は係の当番の日。
私は花の水やりをしなければいけなかった。
花壇は校門近くに二つ。そして、校舎裏に二つだ。
私はまず校門近くの花壇に水やりをして、次に校舎裏の花壇に水をやりに行く。

私が校舎裏にたどり着くと、数人の男の子の声が聞こえた。
私が不思議に思い、そちらをひっそり伺うと、何人かの男子生徒が何かを蹴りつけている様子が見える。
私はもっとよく見ようと思い、目を凝らした。
そうして見えたのは、輝く金色…

(あれって、降谷零?)

蹴られているのはどうやら降谷零のようだ。
正直助ける義理はないけれど、このまま見過ごすのも何だか性に合わない。
それに、好みなのだ。彼の瞳が。

「ねぇ、何してるの?」

私は如雨露を持ったまま、彼らに声をかける。
突然声をかけられたことに驚いたのか、それとも自分たちのしていることに引け目を感じているのか、降谷零を蹴りつけていた男子生徒数名の肩が跳ね上がった。
しかし、その声の主が教師ではなく、むしろ自分たちより立場が弱いであろう女子生徒である私だと認識した途端、彼らは横柄な態度を取る。

「なんだよ。立川かよ。おどかすなよな。」
「おい、この事、せんせーにちくるなよ?」
「まだ終わってねーんだからどっか行ってろよ!」

何故か偉そうにそう言ってくる彼らに私は呆れた。
自分たちの立場が分かっていないようだ。
よく見れば、男子生徒たちは私や降谷零と同じクラス。
名前も割れてる以上、私はいつでもこのことを大人に報告できる。降谷零が実際怪我をしていることは何よりの証拠になるし。

まぁ、その前にどうにかしてこいつらをこの場から退散させなければ…

私は如雨露を振りかぶる。
そして、思いっきり振り回した。

「うわ!なんだよ!?」
「いて!やめろ!」
「おい!暴れるな!!」

(さっさとどっか行け!!)

私はそう願いながらひたすら如雨露を振り回し続けた。
私が女子だからか、あまり反撃もしてこない男子生徒たちは、文句を言いながら何処かへ去っていく。

私はその事を確認すると、降谷零に歩み寄った。
ビクッと肩を跳ねさせる降谷零に、私は軽く肩を竦めた。

「なん…で…」

そう言って彼は私を見た。
真っ直ぐな瞳に射ぬかれて、私の心臓が跳ねる。
彼の本質をよく知りもしない私が彼自身に惹かれることは、今のところはっきり言って無いだろう。しかし、やはり彼の瞳はとても綺麗で、まるで宝石のようだった。

「綺麗な瞳をしているのね。」
「…っ!?」

私の言葉に、彼は息を飲む。
今までさらけ出したことのない、私の『本心』。
私はそれだけ伝えて満足すると踵を返した。

「え…あ、ま、待って!」

しかし、歩き出したと同時に呼び止められる。

「立川…下の名前、なんだっけ…」
「ララ。」
「ララ……。」
「用はそれだけ?」
「あっ…あと、何で助けてくれたんだ…?」
「人を助けるのに、何か理由が無いといけないの?」

私がそう言うと、彼は目を見開いた。
彼は心底驚いているが、私は別段不可思議なことを言った覚えはない。

「いや…そう…だよな。その通り…だ。」
「…?」

彼は突然俯くとブツブツと一人言を呟き出す。
つい(なに…?こわ…)と思ってしまったが許してほしい。

「じゃあ私、行くね。」
「あ、あ!立川!」
「なぁに?」
「あり…が、とう…」

降谷零が私に礼を言ってる…
その事が何だか可笑しくて、私はふふっと笑ってしまう。
そして、「どういたしまして。」と伝えた。

彼の頬は何だか赤く染まっていて、きっと礼を言うのが恥ずかしかったのだろうと、私は推測する。
私は如雨露を握り直し、水道へ向かうため歩き出した。

そして、その横に並ぶように、降谷零が立った。

「…?」

私はその行動の意図が読めず、首を傾げる。

「水やり…手伝う。」

そう言うだけ言って、降谷零はそっぽを向いてしまった。私はついポカンとしてしまうが、彼なりに恩を返したいのだろうと思う。
それを断るのも少し可哀想なので、私はお言葉に甘えることにし、彼の力を借りることにした。

「如雨露、そこにもあるから…それ使って。」

私は裏の花壇の近くに置き去りにされていた如雨露を指差す。
降谷零はそれを拾い上げ、水を汲んだ。

二人で無言で水をやる。
正直気まずいが、嫌ではない。
それは彼も同じなようで、表情は柔らかかった。

「終わり。お疲れ様。」

私はそう言ってニコッと微笑みかける。
それに対して降谷零もニコッと私に微笑み返した。
なんて可愛い笑顔だろう。驚いた。男の子なのに…。

私はそんな降谷零にイタズラしたい衝動に駆られた。
彼に近寄り、少し背伸びをする。
そして、彼の左頬に右手を添えると、彼の右頬にキスを落とした。

「!?!?!?」
「ふふっ…手伝ってくれてありがとう、降谷くん。」

降谷零はバッと私から距離を取る。
私はそんな彼に笑みを見せてから背を向け、走り去った。

「………っ。」

顔を真っ赤にして戸惑う降谷零を置いてきぼりにして、私は如雨露を片付け、家に帰ったのだった。
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