どうしてキミは【降谷零】
気持ち悪いんだよ!
今日だけでも何回も言われたその言葉に、俺は心を痛める。
俺が何をした?
いつ迷惑をかけた?
そう思うのに、反抗する言葉は口をついて出ない。
それなら反撃を…とも思うが、既に傷を負いすぎて、上手く反撃できない。
痛い…悲しい…
怖い…辛い…
悔しい…
俺は歯をくいしばった。
せめて彼らの気が済むまで、耐えるしかない…。
そう考えていた中、救世主が現れる。
「ねぇ、何してるの?」
それは、同じクラスで隣の席の立川だった。
最初は助けに入って来たのが女子だったことに若干不安を覚えたが、結果的に彼女はいじめっ子たちを追い返すことに見事成功したんだ。
その度胸や行動力を素直にすごいと、カッコいいと思った。
そして同時に、羨ましいと思った。
立川が俺に歩み寄ってくるのが気配で分かる。
俺は、何とか聞きたいことを質問しようと、口を開いた。
「なん…で…」
しかし、やっと出せた声は掠れた弱々しいもので、恥ずかしかった。
それでも俺は立川の本心が聞きたくて、彼女の瞳をジッと見つめる。
すると、不意に言われたあの言葉…
「綺麗な瞳をしているのね。」
「…っ!?」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。先程俺をイジメてきた奴らは俺の、人とは違う髪や目を、"気持ち悪い"と言っていたのに…
そんな俺の目を、彼女は曇りのない瞳で、"綺麗"だと言う。
嬉しい…そう思った。
俺を認めてくれる人が居ることに、酷く安堵したんだ。
しかし、正直に言おう。俺には彼女の瞳の方が、"綺麗"に思えた。
赤みがかった茶色の瞳。
優しく俺を射抜くそれは、暖かな印象を受ける。
…強く惹かれた。自分の頬が熱くなるのが自分でも分かる。
惚れたまではいかなくとも、彼女に興味が湧いたんだ。
俺が何か言おうとする前に、彼女は踵を返して何処かへ行ってしまおうとする。
それを、俺は焦って止めた。
「え…あ、ま、待って!」
何を言おうか考えもせず呼び止めてしまったので、俺はさらに焦る。
「立川…下の名前、なんだっけ…」
「ララ。」
「ララ……。」
咄嗟に出た質問だったが、彼女のことを一つ知れて、俺は少しだけ満足感を得られた。いつか彼女を名前で呼べる日が来るのだろうか?
「用はそれだけ?」
「あっ…あと、何で助けてくれたんだ…?」
「人を助けるのに、何か理由が無いといけないの?」
俺が本当に聞きたかったことを質問すると、彼女は心底不思議そうに首を傾げ、答えた。
俺はそれに対して強い衝撃を受ける。
たしかに、彼女の言う通りだった。
もし逆の立場だったとしても、俺はきっと同じように彼女を理由なく助けようとしただろう。
つまり、彼女はただ純粋な正義感で俺を助けたということか…
「じゃあ私、行くね。」
「あ、あ!立川!」
さっさとこの場を去ろうとしてしまう立川を呼び止める。
「なぁに?」
「あり…が、とう…」
俺はたどたどしくも、お礼を言った。
これは何て言うか、けじめだ。
彼女に対する、俺のけじめ。
すると彼女は可笑しそうに笑った。
その綺麗な笑みに、俺の心臓が跳ねる。
可愛い…と、思った。
そんなことを考えている間に、彼女は如雨露を握り直し、その場を去る。
俺はそれを慌てて追いかけた。
見たところ、用具入れではなく水道の方に向かっているように見える。
ということは、彼女はまだ花壇の水やりを終えていないのだろう。
俺は軽くそう推理すると、彼女の隣に並んだ。彼女は不思議そうに首を傾げる。
「水やり…手伝う。」
ぶっきらぼうにしか言えなかったのは、照れがあったからだ。
しかし、そんなぶっきらぼうな言い方にも彼女は怯むことなく、むしろ合点がいったような顔で「如雨露、そこにもあるから…それ使って。」と言って如雨露を指差した。
俺はそれを手に取り、水を汲む。
しばらく無言で、俺たちは花壇に水をやっていた。
気まずいはずが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「終わり。お疲れ様。」
そう言って彼女は笑う。それに対して、やっと俺も笑うことができた。
すると、彼女が俺に歩み寄ってくる。
俺はそれを不思議に思い、首を傾げるが、彼女はお構い無しだ。
すごく近い距離まできた立川は、少し背伸びし、俺の左頬に右手を添える。
そして、俺の右頬にキスを落とした。
「!?!?!?」
「ふふっ…手伝ってくれてありがとう、降谷くん。」
俺はバッと立川から距離を取る。
彼女はそんな俺に笑みを見せてから背を向け、走り去った。
「………っ。」
顔が真っ赤になっているのが分かる。
心臓がうるさい程鳴っている。
俺はしばらく、その場から動けなかった。
(なんなんだ…!!)
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