嘘つき
校舎裏の花壇に腰掛け、私は弁当箱を開けた。
今日のお弁当もそれなりに豪華なようだ。
というのも、お母さんが料理上手かと言われればそういうわけでもなく、うちはお金持ちだから腕利きのシェフが作ってくれるらしい。
世の中全て金ですわな…と夢も希望もないようなことを内心で呟き、私はお弁当を一人で食べ始めた。

言い訳しておくが、決して私に友達が居ないわけではない。
相変わらずそれなりに友達が居て、それなりに先生に気に入られる小学校ライフを送っているのだ。
今日はただ一人になりたかっただけ。
そう、決してぼっちなわけでは…

「嘘つき。」

その言葉に、私は肩をビクッと跳ねさせる。
こ、この声は…

「降谷くん…」
「友達と約束が…とか言ってなかったか?」
「そんなこと言ったかしら…?」
「……やっぱり嘘つき。」

降谷くんは私をジトッとした目で見つめた。
しばらく見つめられれば、その視線に堪えられなくなってくる私。
私は観念したようにため息を吐いた。

「嘘をついてごめんなさい。」
「どうして嘘をついたんだ?」
「昨日のこと、あまり聞かれたくなかったから逃げたの。」
「今度はずいぶん正直だな…」
「だって、もう取り繕っても無駄でしょう?嘘つきだってバレてしまったから…」

降谷零は私の隣に腰を下ろす。いや、てか、近い…。

「じゃああれも嘘?」
「どれのこと?」
「……。」
「……嘘じゃないわ。あなたの瞳は、本当に綺麗よ。」
「っ!!」

私の言葉に真っ赤になる降谷零。
あれについては、私は本当に思ったことを言っただけだ。嘘でもなければ、他意もない。
ていうか、降谷零って意外と分かりやすいっていうか…すぐ顔に出るんだね。思ったことが。

「……立川の瞳も綺麗だよ。」
「は……?」

唐突に呟かれた言葉に、今度は私が頬を染める番だった。
は?何?突然…いや、え、待って、無理、イケメンに褒められて死ぬ。
混乱する中で、間の抜けた返事しかできなかった私を許してほしい。
てか、唐突に口説いてくんな。惚れてしまうだろ。

「もし、俺が"綺麗な"瞳なら、立川は"優しい"瞳だ。」
「そう…かな。」

そんなこと言われたのは前世を含め初めてで、正直舞い上がってしまいそうな程嬉しかった。

「降谷くんにそう言ってもらえるなんて、嬉しい。」
「……。」

自分で言ってて照れたのか、そのまま降谷零は押し黙ってしまった。
しかし、彼は思ったよりすぐに次の言葉を発する。

「昨日の…キス…は?」
「あぁ…あれね。」
「あれは…キミにとって本気だったのか?」
「そうよ。」
「っ。」

からかい半分とはいえ、少なくとも冗談ではない。
降谷零が可愛いからした。
ただそれだけだ。
しかし、彼は別の意味に捉えたのか、顔を真っ赤にしたまま、今度こそ黙り込んだ。
私は話題を変えるように、話しかける。

「傷…手当てされてるのね。よかった。お母さんにしてもらったの?」

今の時期ならまだ宮野エレーナ先生が降谷零の治療をしている可能性もあるが、まぁ正直どっちでもいい。
あくまでもこれは話題を変えるための質問だ。

「これは…エレーナ先生に手当てしてもらって…」
「…そう。よかったわね。」
「……。」

しまった。話題を間違えたようだ。
結局沈黙が続く結果になってしまった。
とりあえず、まだ宮野エレーナ先生は居なくなってはいないみたいだが…
近い内に彼女は行方を眩ますだろう。
まぁ、詳しいことはあまり知らないんだけど。

「その先生にはよく治療してもらうの?」
「…まぁ。」
「じゃあ、その先生にかまってもらうためにわざと怪我してたりして…」
「…!!!」

私の言葉に降谷零は顔を赤くする。
まぁ、原作通りなら私のこの言葉は図星だからな。

「か、関係ないだろ?」
「えぇ、関係はない。けど、覚えておいて。自分から痛みを受ける者は愚か者よ。
そんなことをして目立っても、身を滅ぼすだけ。」
「っ!!」

私の言葉に、降谷零は驚いた表情を見せる。
私は近い距離に居る降谷零にさらに近づき、まだ傷の残る頬を撫でた。

「こんなに傷だらけになって…誰が喜ぶというの?」
「……。」

降谷零は俯く。反省しているのだろうか?

「私は正直な人が好き。
話したいなら話したいって言えばいいのよ。」
「別に、キミの好みは関係ないじゃないか…。」
「あら、そういうこと言うの?」
「だって…キミと話したいわけでもないのに…」
「そう…それは残念ね。」
「え?」
「私は、あなたともっと話したいわ。
たくさん、あなたのことを知りたいの。」
「……。」

降谷零は心底驚いた顔をした後、眉を下げて笑った。
柔らかな、笑みだった。

「なんだか、立川は同い年って感じがしないな。」
「子供っぽいって言いたいの?」
「逆。大人すぎるんだ。」
「……。」

私は、降谷零の言葉に押し黙る。
そして、ソッと口を開いた。

「私は…子供よ。大人になりきれない、無力な子供。」
「立川…?」
「さ、そろそろお昼休みが終わるわ。
戻りましょう?」
「え?あ、本当だ…」

私は誤魔化すように笑う。
そしてお弁当を片付けると、彼の手を掴み走り出した。
彼は突然のことに少し躓きながらも、すぐに体勢を立て直して追い付いてくる。

教室に二人で、しかも手を繋いで帰ってきた私たちを、諸伏景光がニヤニヤしながら見つめていたなんてそのときの私たちは知るよしもなかった。
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