笑ってほしい
ただでさえ忙しかった父さんが、潜入捜査をすることに決まった。
黒の組織と呼ばれている謎の犯罪組織への潜入。
とても危険なことだということは、言わなくても分かる。
だって、俺は前世でそちら側だった人間なのだから。
母さんは、不安そうな瞳で父さんを見た。当然だ。大人である母さんもまた、それが危険なことだと理解しているはずだから。
父さんは難しい顔で俯いている。
いつもは綺麗な彼の瞳はいろんな感情がせめぎ合っているようで、今は濁っている。
「どうしても、零さんが行かなければいけないの…?」
「……あぁ。」
「……。」
父さんの重苦しい返答に、母さんは何も言えなくなったのか押し黙る。
俺は静かに二人の様子を見守っていた。
二人はきっと、そんな俺を"話の内容を理解するには幼すぎるだろうから当然だ"と感じているだろうが、俺は当然話を理解している。
俺たちに迫られた選択肢は二つ。
一つは、母さんや俺の身を案じ、離婚する。少なくとも、潜入捜査が終わるまではもう会うことはなくなるだろう。
もう一つは、潜入時の父さんとは他人のフリをして過ごす。会うタイミングはもちろん格段に減る。
このどちらかだ。
一つ目の選択肢のメリットとしては、母さんと俺の身の安全が守られる確率が格段に上がること。
二つ目の選択肢のメリットとしては、少しでも家族三人で過ごす時間が取れるかもしれないこと。
二つ目の選択肢のリスクが圧倒的に高いことを考えれば、迷うことなく一つ目の選択肢が選ばれるように思う。
しかし…
「俺は…!!俺は…キミや類と、少しでも一緒に過ごしたい…」
「零さん…」
「いや、分かってる。二人のことを思えば、離婚する方がいいってことは…。
分かってる…分かってるんだ…」
「…ねぇ。」
手を握り合って涙を流す二人を見ていられなくて、俺は二人に声をかけた。
俺が突然声を上げたことに驚く二人だったが、「なんだ?」と父さんが優しく聞いてくれる。
「僕、できるよ。お父さんのこと、知らないフリ…できる。」
「類…」
俺の言葉に、父さんは複雑そうな、でもやっぱり悲しそうな顔をする。
もちろん、俺の言葉には続きがあるので、それも聞いてもらおう。
「だって、そのウソが、父さんを守る盾になるんでしょ?」
「「…!!」」
「父さんがなかなか帰ってこられなくても、僕たちは家族。思いは一つ。でしょ?」
「類くん…」
母さんの瞳から、ハラリと涙が流れる。
嗚呼、泣かないで二人とも。
いつもの、あの笑顔を僕に見せて。
「父さんが居ない間、この場所は僕が必ず守る。だから父さんは、生きてここに帰ってくるって約束して。」
「類…?」
俺の5歳らしからぬ言葉に驚いているであろう父さん。でも今は、重要なのはそこじゃない。
「降谷零が!降谷零で居られる場所!ここを!俺が!必ず守る!!」
有無を言わさぬ勢いで、俺は右手の小指を突き出す。これは、前世で知った約束をするときの儀式だけれど…こちらでも通用するだろうか。
父さんは、俺の気迫に面食らったような顔をするが、俺の本気を受け取ってくれたようで、「頼もしいな。」と笑って小指を絡めてくれた。
母さんもキョトンとしていたが俺と父さんの指切りに手を添えて笑う。
…うん、やはり二人には笑顔がよく似合うよ。
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