05.ぎゅっと。





『キーンコーン……』

友達もろくにできないまま3年生に進級した4月。

いつもの事ながら放課後の掃除はわたし1人―――和花ちゃんは1年生の時からの親友だけど、クラスが違ったから。

皆も部活があることは知っている。けど、わたしだって部活やってるんだ。……しかも結構ブラックめの。

溜息がそのままリノリウムの床に落ちて、埃と一緒に滑っていく。あぁ、もういいや。あの埃は隣のクラスの人に取ってもらおう。
ぼんやり埃を見送ってまた箒を動かす。

ねえシンデレラ、貴方には魔法使いが現れたけど、わたしのところには来ないみたい。……まぁ中身がこんな夢女子乙なこと考えてるキモヲタだからね……

なんて頭の中でモノローグを始めていたら、ふと前から歩いてきた人にぶつかりそうになった。

『……っあ、ごめんなさい』

慌てて右に避けると、その人もわたしの前に避ける。
左に避ければ、その人も同じ動きをする。
……ツイッターでよく見るフェイントのし合いってやつだ……

ごめんなさい、気が合いますね、なんて気の利いたことはコミュ障のわたしには言えるはずが無く、「あの……」と口を開きかけて、わたしより背の高いその人を見ると。


『ごめんね。いじわるしちゃった』


悪戯そうに笑う、"ミスター柏木"―――もといあの人がいた。

有正慧人。通称マサアキ。
所謂学校内人気投票の男子部門で二年連続一位を獲得したという(だからミスター柏木と言われる)、校内屈指のイケメン。
所属する部活はサッカー部で、シュートをばんばん決めるエースらしい。
……これは全部、女子が話しているのを聞いたことだけど、あながち間違ってはいないのだろう。


だって、笑う顔が、こんなにもわたしを惹き付ける。


『花純ちゃん、いつも一人で掃除してるの?』

桂木、という苗字で呼ばれるのに慣れていた―――しかも桂木なんてちょっとゴツくて嫌だった―――から、花純ちゃん、と呼ばれて胸がきゅっ、と鳴る。

『あ、えと、……そうです』

『そか。偉いね』

言いながら有正くんはロッカーからちりとりを持ってくる。

『ごめんな。花純ちゃんだって忙しいでしょ、あの部活だし』

『……ええ、まぁ。よくご存知で』

『そりゃ知ってるよ。あの部活有名だし。それに、

……花純ちゃんいつも昼休み駆け回ってるでしょ。クラスメイトが頑張ってたら嫌でも目に入るよ』


「クラスメイト」。
たったそれだけの理由で気にかけてくれていたんだ。

『っえ、大丈夫!?』

なんでかわかんないけど、目が熱くなってきた。

『……いえ、ただ目にごみが入っただけです、心配かけてごめんなさい』

『そんな謝んないの!』

『え、』

『別に心配するくらい普通にするだろ。だから気にしなくていーの』

『えと、でも、』

『それに、こういうときは、ごめんなさい、じゃなくて?』

『…………っあ、ありがとう、ございます……』

『ん。それでよし。
片付けやっとくから、早く行きな。厳しいでしょ、先生』

『!もうこんな時間……
ありがとうございます。お願いします』

わたしはぺこりと一礼して、リュックを引っ掴んで一目散に駆け出した。
……でないと、微かに赤くなった頬を誰かに見られてしまいそうだったから。


それから有正くんは何かと声をかけてくれることがあった。
掃除班の人たちを連れてきてくれたり、学園祭の係決めでわたしがやりやすいように進めてくれたり。有正くんがきっかけで梨紗とも仲良くなれた。

……まあ、そこが有正くんのいいところで。
要は、誰にでも分け隔てなく優しい、ってことだ。
別にわたしに優しくしてくれたのは、わたしに特別な感情を持ってたからとかではない。
……そんなことは分かりきっていたけど、話しかけられるたびにどくんと跳ねる心臓を、どうにかぎゅっと押さえつけた。






「……なんてこともあったなぁ」

「?どーしたの花純ちゃん」

「ううん、何でもない。考えごとしてただけ」

「またヒョク様のことー?」

「ちーがーうー!」

思えば、今こんなにクラスの子に囲まれて楽しく過ごせるのは、有正くんがきっかけだ。
きっと3年生の時のあの出会いがあったから、1年生になった今、クラスの子に声をかける勇気が持てた。……それどころが、わたしがオタクであることが意外とすんなり受け入れられてしまった。

「にしても数学疲れたねー……ん?」

「どしたの、風香ちゃん」

「あれ、花純ちゃんの机の上……」

「え、わたしの?」

言われて見てみれば、わたしの机の上に筆箱が置いてあった。
今は移動教室だったため、誰かがここに座ってそのまま忘れていったんだろう。

「これって……マサアキのじゃない?」


「………………え?」



どくん、と鳴る心臓を、ぎゅっ、と押さえつけた。


有正慧人
(デフォルトでは ありまさ あきと です。あだ名は苗字と名前から マサアキ にしました)
通称「ミスター柏木」「マサアキ」「無敗のエース」
それだけでもわかるように、校内ではかなりの人気者。
分け隔てなく、誰にでも優しい。
努力家で、サッカーだけでなく勉強も頑張っており成績優秀。
顔や体格はまあ言うまでもなく。(皆様の好みの姿を思い浮かべてください)

※クラスメイトは風香ちゃんしか名前が出ませんでしたが他にもいっぱいいると思ってください……



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