06.もう一度
「っはぁ……」
桂木花純。
只今、心臓ばくばくいっております。緊張してます。やばい。やばいぞこれは。
届けてくれば?なんて皆の声に押されて、意を決して1組まで来た……のは良いものの、唯一の知り合いの萌ちゃんと安紀ちゃんはまだ移動から帰ってきていないみたいだし、かといって教室に一人で入るなんて……無理……!
「どしたの?」
気がつくと背後に1組であろう人が立っていた。
「うぇっ!?……っあ、えと、そ、の、マサアキくん、いますか?」
どうしよ……びっくりしたせいで絶対変な声出ちゃったし、みんながマサアキマサアキいうから思わずマサアキくんって言っちゃったよ……
「マサアキ?ちょっと待ってて……おーい!マサアキー!」
「何ー」
「なんか可愛い子が呼び出してるよー」
「っかわ!?や、やめてください!!違いますから!!!可愛くないですよ!!」
「えー!可愛いじゃん。」
「だから!……って、ま、マサアキ、くん」
「やっほー」
いつの間にかマサアキくんを呼び出してくれた(……?)人とマサアキくんが入れ替わっていた。
「なんかあったっけ」
「あ、えと、ふ、筆箱!を、返しに来ました……」
「ああ!よかったぁ〜。ごめんね、置きっぱなしにしちゃって。ありがとう」
「いえ!では、これで……」
なんとか目的を果たせたので、これ以上の恥を曝す前に帰ろう。
そう思い背を向けようとしたその時。
「っ、待って」
「え」
腕をぱしっと掴まれる。
「……あ、のさ。何で、俺の名前、知ってたの?」
―――一瞬、もしかして、なんて期待をしてしまう。
…………そんな訳ない。マサアキくんにとって、わたしは『ただのクラスメイト』だ。
そう言い聞かせ、口を開く。
「……その、クラスの子が教えてくれて。……っあ、すみません。軽々しくマサアキくん、なんて呼んでしまって……」
「そ、っかぁ……って、あ、いや!そうじゃない……、むしろ呼んでよ、マサアキって。
花純ちゃんにそう呼ばれたら嬉しいけどな」
―――もう一度、今度はわたしの心臓がどくんと音を立てる。
「……なんで、わたしの名前……」
「え?っああ、いや、その……机に、書いてあったから」
「あ……そうだった」
そりゃあそうだ。机に名前が書いてあったらそこに座ったマサアキくんは知っていてもおかしくはない。
「……ごめんね、引き留めて。ありがと」
「いえ。失礼します」
あの時のようにぺこりと頭を下げ、ぱたぱた教室に戻る。
「ねー、どうだった?マサアキ」
「やっぱりかっこよかったー?」
クラスに戻るなり質問攻めに合う。
「……もー、そんなに気になるなら一緒に来ればよかったのに」
「ダメだよーっ、それは」
「何でよ!」
「それより、どうだったの?」
「えぇ?……う〜ん、確かにかっこよかったよ。名前覚えててくれたし」
「えーっ、マジー!?」
「超ステキじゃーん」
途端に黄色い悲鳴がおこるけど落ち着いてそれを止める。
「だって、みんなが机に落書きしたんじゃん。『花純ちゃん、寝ちゃダメだよー』とか『おい花純!焼きそばパン!』とか〜」
みんなの悪ノリを思い出して笑いながらそう言った……けど、次の言葉にわたしは言葉を失った。
「それ、とっくに消したよ」
「…………え?」
見ると、確かに消えている。曰く今朝消したらしい。……どうしてわたしは気づかなかったんだ。
……確か落書きは月曜日に書かれて、火曜日、水曜日と放置されていたはずだから……
「今日水曜だよ?月曜に見てるかもしんないじゃん」
「花純、月曜火曜は数学ないよ」
「……あ」
………………じゃあ、どうして。
「……やっぱ、花純のことが気になってたからじゃないの〜?」
「っ、違うよ、きっと教科書とか、うー……上履き入れ!とか!他にも荷物あるじゃん」
本格的にドキドキし始めた心臓と一緒に一気にまくしたてる。
……じゃないと、ヘンな期待しそうで。
「……違うよ……」
本心か、はたまた嘘か。
「マサアキ、あんな可愛い子捕まえてたの?」
「お前……花純ちゃんあんま困らせんなよ」
「でも困ってる顔可愛かったよな」
「わかる」
「……はぁ…………」
「お、無敗のエース様も恋の前には成す術なしか」
「ちげーよ……」
こんな会話が行われているとは知らずに。