07.まさかの数学
「……やばい……」
「どったのすみ」
「…………数学忘れた」
桂木花純。
人生若干2週目にして、最大(?)のピンチです。
「……あー……それは終わったね」
「どーしよおぉぉ……」
そう、数学の吉田先生の授業は厳しいことで有名で、予習復習のチェックのために授業中めちゃめちゃさされるのだ。
「とりあえず教科書借りてきな、ノートはルーズリーフで大丈夫だよ」
「うん……」
足取り重く、だけど授業に遅れるといけないので、急いで1組の友達の元へ向かうと、
「あれ、花純ちゃん」
微かに甘い、あの声が耳に流れ込む。
「っ、マサアキくん」
「どしたの?そんなに急いで」
「実は……」
事情を話すと、なんと予想外の返事が帰ってきた。
「……俺のじゃ使えないかもだけど、気休めになるならノート貸そうか?」
「…………えっ」
「授業の範囲は?」
「えと、37ページから……」
「じゃあ俺のクラスは終わってるし。ほい、持ってきな」
「い、いいんですか……!?」
ひょい、と渡される教科書とノート。
まだ1年生になって2ヶ月経たないというのに、教科書の角は取れかけ、ノートには3の文字。……3冊目、ってことだよね。
マサアキくん、勉強熱心だったしなぁ……。
「っあ、ありがとう」
「ん。どーいたしまして」
あのときはすんなり出てこなかった『ありがとう』の言葉が、マサアキくんの笑顔を見るとすんなり出てくる。
「……がんばれる、かも」
嫌いな数学だけど、今日はちょっと心強い。
「じゃあ、この問題を〜、桂木」
「っはい、」
なんで先生わたしの嫌いな問題ばっかり……
とりあえず先生は急かすような人では無いので、落ち着いて板書したものを見返す。
……う〜、こんなんじゃわかんない……やっぱ予習したやつ忘れたから……
焦っていると、ふと、マサアキくんのノートに指が触れる。
先生が「落ち着いて、ノートゆっくり見返してみろ」と言ってくれたので、どきどきしながらもマサアキくんのノートを開く。……と。
「、なにこれ……」
めちゃめちゃわかりやすい。
解りづらいところは、使う公式や導き方がこれでもかというほど丁寧に書かれている。
「っえと、三平方の定理を用いて求めればいいので……」
「……よし。しっかり予習してるじゃないか。そこまで理解できてるなら、これもできるな?」
「それは、えっと……その2辺が並行なので……それから……」
「……うん。いいじゃないか」
「っマサアキくん!」
「うぉっ、どしたの」
「あ、ご、ごめん……」
授業が終わるなりマサアキくんの元へ駆けて行った。……思ったより大きな声でちゃったよ……
「その、ノートを」
「あ、返しに来てくれたの。ありがとう」
「いえっ!あの、本当に助かりました。すっごいわかりやすくて……」
うう、伝えたいことはこんなもんじゃないのに、上手い言葉が出てこない。
…………けど。
「そっか。よかった」
優しく微笑んでくれるマサアキくんは、きっとわたしの言葉など隅から隅まで汲み取ってくれているんだろう。
「また困ったらいつでも言ってよ」
「す、すみません……ありがとうございます」
……だけど、本当の悲劇はこれからだった。