
#008 甘いキャンディ
きっちりとした黒シャツにグレーのジレ。
それとは対照的な真紅のネクタイ。ゴールドのネクタイピンが、ステージの淡い照明を受けてきらりと輝く。
綺麗な漆黒の髪もセットされ、片側に寄せられている。
色の濃い服が黒瀬の白さを一層際立たせる。
……ていうか、
「黒瀬、ピアノじゃないんだ……」
「ふふ、ジャズピアノは時雨さんの方が断然上手いからねっ。
それに、お兄ちゃんの歌声はすごいんだから」
小声で桃奈ちゃんが返してくれた。
黒瀬の歌……どんな感じなんだろう。
喫茶の時計が6時を告げる。
どこからともなく拍手が起きる。
俺たちもそれに倣った。
眼鏡をかけた、落ち着いた雰囲気の人―――確か時雨さん、と呼ばれていたっけ―――が音を重ね、メロディを柔らかく紡ぎ始める。
……すごい、確かに黒瀬とは弾き方が全然違う。
確かに黒瀬も凄く上手い。どちらも違う魅力があるが、この雰囲気には時雨さんの弾き方が合っている気がした。
そしてその音の流れは、緩やかに広がっていく。
ふわふわの長い髪を揺らしながらフルートが奏でられ、ピアスの数と髪色からは想像出来ない繊細な音がサックスから紡がれる。ビブラフォンを叩く人のクレオパトラカットが揺れ、静かな笑みをたたえた人のドラムがさざめく。(楽器の種類は始まる前に桃奈ちゃんにひととおり教えてもらった。)
黒い帽子をかぶった人のベースが音楽を動かし……
ぱっ、と曲調が変わった。
さっきまでの柔い流れから、ノリやすい、だけど緩やかなテンポに変わる。
……あれ、この曲って。
はっ、としてステージを見ると、黒瀬がその桜色の唇を少し開き、音を紡ぐその瞬間だった。
『Candy
I call my sugar,"Candy"...』
その声は『キャンディ』なんかよりも甘く、だけどほろ苦い。
ミルクチョコレートとキャラメルのような、甘く、聴いているだけでとろけてしまいそうな声。
しかし、ところどころ掠れたり、メロディを遊ばせたり、いわゆる"男の色気"を滲ませたほろ苦さ。
『キャンディ、僕の可愛い、砂糖のように甘い恋人のキャンディ。
僕はきみに首ったけだし、君もそうだろ?
君は僕のことをわかってくれている。一番の理解者だ。
……だって、僕が君に会いたくなった時はいつでも君は傍にいてくれているからね。
ああ、君が四人いればいいのに。
そしたら、今以上にこの愛を君に届けられる。
君は僕の心全て掻っ攫ってしまったね。
おかげで僕はすっかり甘いものが―――そう、君が大好きさ。……』
一応これでもバンドをやっている俺は洋楽をかじっていた時期があり、歌詞のヒアリングは得意だ。
……だけど、今日ほど後悔した日は無い。
あんなビターチョコレートのような声で、そんな甘い歌を歌うなんて、
ステージ上の黒瀬とぱちり、と目が合う。
黒瀬はマイクをするりとひと撫でし、こっそり片目を閉じた。
飲み物に惚れ薬でも入っていたのだろうか、この空気がそうさせているのか、……それとも。
俺はすっかり、この一時間のミニコンサートに夢中だった。
作者めも
・天宮くんと違い英語はそこまで堪能ではないので、Candyの歌詞の訳は正確とは言い切れません……すみません。作者の意訳です。
本当に素敵な曲なので是非聴いてください。