#003 音楽室



新学期から数週間経ったがまだ少し浮ついている通学路の空気を他所に、何一つ代わり映えのない動作を繰り返す。
いつもと同じ電車の車両に乗り、大体いつも同じ席に座り、ぼんやり景色を眺めているうちに学校の最寄り駅に着く。

車窓を駆け抜けていたこのピンク色が浮かれた空気の原因だろうか。まだ真新しい制服、どこかよそよそしい緊張した会話、徒歩五分だというのに道に迷う新入生の姿は、どうせあと少しでこの空気に馴染むんだろう。
……そしてまた、誰かがこちらに視線を向ける。

はぁ、と一つため息をつく。
何を隠そう、俺は通学路が一番憂鬱だ。
一番、というと少し語弊がある。通学路と、あとは廊下、だろうか。休み時間の教室なんかも。
目付きが悪いのか、一人でいるからなのか。
俺はよくいろんな奴から見られる。特に女子。
用があるのかと見返してみればすぐに顔を逸らされる。そんなに目付きが悪いのか。
別にこっちから何か危害を加えるつもりは無いから放っておいて欲しい。
女子にはこの目付きとそこそこある身長のせいで怖がられるし、だが逆に男子は恐らく俺のことなど完全に舐めきっている。何せ俺はインドア派だから他の奴に比べて色が白い。
他の奴から浮いていることはもう十分わかったからどうか放っておいて欲しい。

まあ、俺は他の奴のことは正直どうでもいい。

何とかホームルームを終え、授業を受け、やっと昼休みになる。

俺は弁当を持ち、職員室へ向かい鍵を借りた。
そしてあまり使われない西階段を登る。


かちゃり。


ほかの世界とここが分断される合図の音。

この学校は最近校舎の改築工事が行われたらしく、ここ―――第3音楽室は滅多に使われない。そのことは1年の時の六月頃には既にわかったので、先生に交渉し、毎週音楽の授業の無い火曜日の昼休みに使わせてもらっている。
さっと弁当を食べ、グランドピアノの蓋を開ける。

「今週は……これか」

楽譜を鞄から取り出し、譜面置きに置いて指を白い鍵盤に滑らせる。

毎週こうして、ピアノを弾く。
その他の曜日は、教室で音楽を聴いたり、楽譜を書いたり。

それが、俺の日常のはず、だった―――そう、あの日までは。



黒瀬めも1
・あくまで本人は自分は"浮いている"と思っている
・ピアノを弾くことなど、音楽が好き


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