#004 事件
事件があったのは、何度目かの火曜日。
いつも通り数学の授業を終え、職員室に向かう、と。
「……無い」
なんと、既に鍵が借りられていたのだ。
……まあ、学校の一教室だ。誰かが使っていたって可笑しくない。別に俺だって公的な申請をした訳でもない。
……だが学校のグランドピアノを弾きたいのも事実で。
(…………向こうが使い終わったら5分だけでも弾こう)
そう思って足を西階段へ向けた。
見慣れたモスグリーンの扉の前の階段に腰掛ける。
ここで弁当済ませればいいか。そう思いかちゃかちゃと弁当を広げる。
扉の向こうからは楽しそうな談笑が聞こえてくる。
何だ、練習に使わないなら貸してくれ。
そう思い広げかけた弁当を畳もうとした時、
カッカッカッ
スティックを叩く音がし、次の瞬間、
ッジャーーーン!!
ギターのハーモニーとシンバルが鳴り響いた。
転がるキーボード、劈くギター。
それをドラムとベースが落ち着いて支える……と思ったらベースも遊び始める。
今時の高校生にありがちな、ありふれたメロディー……だが、炭酸ジュースのような、シャーベットのような、爽やかな疾走感と、どこか甘い声が、鼓膜を揺らした。
気がつくと完全に夢中になっていて、終わってからは思わずいつもの癖で拍手をしてしまった。
……そう、拍手。
当然気づかれるに決まっていた。
ひと呼吸置いた次の瞬間、モスグリーンががちゃん!と勢いよく開かれる。
「っねえ!君、聴いてくれてたの!?!?」
「……え」
ドアの開く音以上に勢いよくまくし立てるそいつは。
光に透けて煌めく髪、薄い茶色の瞳、少し上気した頬。
思わず退散しようとした俺の意識を奪うには十分の容姿をしていた。
「って、えぇ!?か、かよ、火曜日の王子だ……どーしよ、ちとせー!ももちゃーん!!!」
そいつは俺を見るなりテンパりだした。
「うっそーん!?」
「二人ともうるさい、まだ録音切れてないよ」
中から騒がしい声と落ち着いた声が聞こえる。
「とりあえず入って!」
「え、いや……っおい、」
咄嗟に断ったが鞄と弁当を持っていかれ、されるがままについて行った。