アズの物語 - 05

05.ここから

夜が明けて、ニールがアズの部屋を訪れたのは日が真上に登る頃だった。
それまでアズは部屋で時間を溶かし、ニールはいつものルーティンで朝を迎え過ごしていた。

天界で過ごしている間に夜は明け、借りている宿の部屋へと戻る。それからまた数時間どう過ごすこともなくただただ時間を溶かしながら彼の訪問を待ちづける。
ふと2回、扉をノックする音が耳を掠め意気揚々と扉へ向かう。
昨日と変わらぬ姿のニールがそこには立っており、暫く眺めていると入ってもいいかと聞かれ部屋へと通した。


「ずっと部屋に?」

「まあ、そうだね」

「あなた、朝食は食べていないんですか?」

「朝食?僕は何も食べていないよ。」

「では昼の食事は?」

「人間は随分と食事をするんだね?」

「はあ…ほんとにあなたは何者なんですか」


アズは出会って間もないにも関わらずニールに随分と気を許している。それはニールの魂が清らかなものであり、彼があらゆるものに対して真摯的だったからだ。
魂の監視者であり管理者であるアズには魂を見てしまえば本質を見抜くことは容易い。誰に気を許せて気を許してはダメなのかくらいは、何も知らない人の世であろうと把握すれば事は起きにくいだろう。


「君は随分と察しがいいよね」

「あなたが隠す気がないのでは?」

「そうかな」

「そうですよ、いい年した大人の発言や行動とはどこかずれていますから。」


座ってもいいですか、と聞かれ、座ることも許可が必要なのかと返せば、そういうところです。とまた冷ややかな声が帰ってくる。
小さなテーブルに添えられた椅子を引き、座ったニールを見てアズはベッドに腰を下ろした。この部屋には椅子は一つしかないのだ。
はた、と思いついたように下から軽食を持ってこようかと提案したニールに同意する。
ニール自身も昼食はまだだったため、ちょうどいいと部屋から出ていった。ついて行こうとするアズに待て、をして。


「それはなに?」


数分して戻ってきたニールの手元にあるそれに興味を示す。白い皿に三角の何かが4つほどと湯気の立つ黒い液体の入った器が二つ。


「サンドイッチです。…パンという食べ物に野菜などを挟んだ軽食です。と言ってもわからないかもしれないですが」

「そうだね、よくわかってない。」

「両サイドにあるものがパンです。その間に挟まっている緑のものがレタス、赤いのがトマト、白っぽいものはチーズです。」

「どれも面白い響きだね。」


呆れたように説明をする。昨晩の食事の際に、全てにおいて説明が必要だと判断したようで、何かあるたびにニールは簡単な説明をいれるようになった。
かといって前提として知っているべきことを知らないのだから伝わらないことも知りながら。

二人はサンドイッチを食べ終え、一緒にもってきていた温くなったコーヒーを飲んだ。
コーヒーの苦味は口に合わなかったアズが一口のんで渋い顔をしたのを見て、本当に子供のようだとニールは口にする。


「美味しいのかい?」

「ええ、僕は好きです」

「そう…僕の分も飲んでいいよ」

「それは遠慮します。飲まないのであれば置いててください。後で片付けます。」

「ん。」


それで…とニールが切り出したのは。アズが自身に聞きたいといった内容だった。
アズはそういえば、ともう金輪際口にすることないであろうコーヒーの入ったカップをテーブルの上に置く。


「僕はなぜ人が死を恐れるのかについてしりたくて」

「死を?」

「うん、そう。」


ずっと合うことのなかった視線がかち合う。
じっと見据えるニールの瞳が表情か疑問の色を浮かべている。


「さあ…、どうでしょう。死は恐ろしいものでしょうか」

「恐ろしくないのかい?」


視線を外し、素振りを見せるニールに首を傾げる。


「どちらかというと、悲しいのではないですか。」

「悲しい…」

「先日のご家族だって長年連れ添った相手を失ったことを悲しんでいたんですから。
死というよりはそこにあったものがなくなって、二度と言葉を交わせなくなるという事実が悲しいんです。」


死は畏怖されているものですが、それが全てではありません。
そう続けるニールの声色は相変わらず抑揚が少ない。淡々の述べられる言葉の羅列は納棺師として死に向きあってきたニール自身の見解であり、人間の総意ではないことも添えられる。


「あなたには長年共にある人はいますか」

「うん、生まれた頃から共にいる相棒のようなやつは一人」

「その方が死んで、二度と会えないとなったら悲しいのではないですか」

「どうかな…?僕たちは死という概念に適応されないからあまり想像はつかないかも。」

「そうですか。そうなると説明はとても難しいですね。」

「う〜ん…」

「人は失うことを悲しみます、恐れもしますが。
それは物であれ人であれ自身であれそうです。自分の中かから何かが失われることを恐れるので、自身が失われるという点で死も含まれるのでしょうね。」

「失うことを恐れる…」

「中には死を救済とする人もいます。極めて少数ではありますが。」

「へぇ…」

「人は考えに個体差がありますが、一般的指向と呼ばれる人間の総意に近い考えは存在します。しかしそれが全てではない。人が死をどのように見ているのか知りたいのであれば人の死に寄り添って見ることが一番の近道でしょうね。」

「例えば?」

「墓守や葬儀屋など…死に関わる仕事はいくつか存在します。そういう知り合いを作るのは手でしょうね。」

「それは君ではダメなの?」


ニールはあえて自身の職業の名はあげなかった。しかしアズはもう知っているのだ、死に近い場所で死と向き合う仕事をする人を。
またじっとニールはアズを見つめる。それにじっと見つめ返せば、はあ。と一つため息をついた。

ニールは人と行動を共にするのが得意ではない。黙って着いてきて口出しをしないのであれば空気として扱う事は可能ではあるが、それを強いるのはあまり好きでもないのだ。
それに反して、アズは先日すでに口を出さないと言う約束を反故にしている。いくら興味の湧いている人物であるからと言って自分のパーソナルスペースに立ち入らせるような関係でもない。


「遠慮したいですね。」

「じゃあこうしないかい。君に同行していいなら1日ひとつ、僕の秘密を教えてあげる。」

「別にそうまでして知りたい事でもないんですが」

「次の仕事がある場所を教えるとか?」

「それは少し興味深いですね。しかし譲歩するには弱いです。」

「傲慢だなあ。」

「傲慢ではなく、メリットがないだけです。」

「僕の目的が達成されたら君の願いを一つ聞く。」

「それには条件があるんですか?」

「いいや、僕にできない事でも僕の権力でどうにかできるだろうし問題ないよ。あまり権威を振りかざすのは好きではないけれど」


ふむ、と考える。今後この男と行動を共にすることと、今挙げられた3つの条件を天秤にかけるが実に絶妙である。
アズの興味を満たすための行動や説明は正直負担ではあるが、何でも願いを聞くと言うのはあまり望むものがないニールとしても多少なり魅力的であるし、仕事のある場所を示してくれるのは仕事に困ることもない。


「それに、ニールのこともたくさん聞きたいからね」

「…ではこうしましょう。
僕は一つの街に住み続ける事はしないので仕事のある場所を教えてください。様々な場所での経験はあなたの知りたいものを見つける手立てにもなるでしょうし。」

「利害一致というやつだね」

「1日一つ、秘密を教えると言う件に関しては、ぼくに関する質問も同様1日一つとさせてください。」

「いいよ。そうしよう。」

「あなたの目的が果たされた際に願いを一つ、というのは…如何なるものであろうと拒否はしないでください。」

「もちろん、何でも叶えてあげるよ」

「では、そういう事で。契約書でも交わしましょうか」

「契約書が必要かい?」

「…それもそうですね。逆にあなたと一緒にいることを強制されてしまうのでやめましょうか。」


数秒の思案の後、ニールはペンを止める。自分に飽きて離れてもらうのもニールにとっては解放を意味するのだから不都合はない。あるとすれば彼の面倒を見ることになるという心労が多少あるという点のみだろう。

本来ならニールはどんな条件を出されても断るはずだった。しかしアズに対してニールは何故か普段とは違う対応をしてしまう、手のひらで踊らされているような感覚さえある。しかし嫌じゃないのも事実。
この短時間で随分と絆されてしまった物だと自身の行動には驚き続けている。


「では、今日はあなたの質問にすでに答えましたので。私から、あなたは何者ですか?」




- 7 -
前の話目次次の話
HOME

コメント 0件

コメントを書く