若い納棺師の話


僕の母を納棺してくれたのはとても若い青年だった。

母が亡くなった日の夕方、ノックの音が聞こえ重い足取りで玄関へ向かった。
手配を頼んだ納棺師が到着したようで、玄関を開けてそこにいたのは想像していたよりもずいぶん若い青年だった。
白い肌に青みがかった黒髪、綺麗な深みのあるターコイズブルーの瞳、すらっとしたシルエットは大振りのローブに隠れてしまっているがそれでも彼に想いを寄せてしまう女性は少なくはないだろうと思わせた。また、整った目鼻立ちが青年を幼く見せていたのだと思う。

「あなたと貴方の家族、またお母様を想う方々へお悔やみ申し上げます。」

玄関先で青年は深く頭を下げ、聴き心地のいい低くもない高くもない柔らかな声でそういった。
青年を招き入れ、紅茶を用意するので待っているように伝えてるとそこで紅茶を買ってきたのでそれを飲もうと提案をしてきた。正直誰かをもてなすような気分ではなかったため、言葉に甘えさせてもらった。
本当にすぐそこで買ってきたのだろう暖かい紅茶はまだ暖かくて喉に通すには程よい熱さだった。
鼻に通ったレモンのような香りは気持ちを落ち着くかせてくれた。

「レモンバームを使った紅茶です。気持ちを落ち着ける効能があります。
お母様が亡くなられた事、お悔やみ申し上げます。
良ければお母様との思い出など聞かせていただけませんか。」

単調ではあったが、やはり柔らかな声は耳触りが良く紅茶のおかげか彼の言葉のせいか、母との思い出をぽつりぽつりと気づいたら語っていた。
小さい頃ひどく怒られた事、初めて母を泣かせた事、大怪我をした時何故かビンタされた事、彼女を紹介したら娘ができたみたいだと喜んでくれた事、父が亡くなっても弱音を吐かずに明るく振る舞っていた事、病気になっても僕の結婚式には絶対に行くと意地を張っていた事、そしてそれが叶わなかった事、一つ話せばまた一つまた一つと言葉は溢れていく。
それを相槌を打ちながら耳を傾ける青年が、何故かとても頼りになる存在に思えた。
この人ならきっと母も僕の気持ちも救ってくれると、そう思わせた。

「とても強く優しい方だったのですね。」

僕の話を聞き終えてそう短く答えた。
質素な感想で質素な返事だったのに、それは胸にストンと落ちてきてずっと流すに流せなかった涙が溢れた。その間聞き取れないだろうに僕の語る言葉を静かに聞いていてくれた。

「泣ける時に泣いてしまうのがいいでしょう。しばらくはまた涙を流すことは難しくなりますから。
それから、落ち着いたらで構いません。お母様のお写真を一枚お借りしたいのですが…良ければ普段の…家族の方と過ごしている姿が望ましいです。」

ひとしきり泣いた僕に自然な流れでハンカチを差し出してそう言った。
何から何まで丁寧な人だと思った。
写真を探し出して差し出す。一昨年の母の誕生日にとった写真。彼女と僕と母と3人で大笑いしながら撮った写真だ。それを受け取った彼が一瞬笑顔を浮かべたのを見逃さなかった。
無表情ではないがここまで顔色を変えなかった彼が見せた柔らかな表情に何故か救われたような気がした。

「一昨年、まだ病気が見つかる前の、母の誕生日の写真なんです。」

「素敵な写真ですね。少しの間お借りします。」

それから…、とこれから母の身体に行う施術についての説明をされた。血を抜いたり身体にメスを入れたりなど必要な工程を簡単に説明してくれた。
ご遺体に傷を増やすことになる為、嫌がる者もいるのだろう。ただ、血の気のないあの見ていられない母の亡骸をこれから母との別れを告げにくる人たちに見せるのは僕自身もきっと母も望まないだろうと彼の説明に全て承諾した。
そして彼がどんな仕事をするのか惹かれた僕は、彼の仕事を見たいと伝えた。
環境上難しいことは承知していたが、そんな中でも願いを聞き入れてくれた。

助手をするという名目で立ち会い、簡単な作業をさせてくれた。
本来は当然の事ながら叶う事ではないので他言無用と約束をした。

彼の仕事はとても手際がよく、まるで魔法のようだった。やはり見ていられないシーンもありはしたが血の気を取り戻し元気だった頃の母に近づいた姿には感動した。
助手といっても右も左もわからない僕がさせてもらえたことはマッサージ程度だったが指示も的確で作業はスムーズに進み予定していた時間で終わった。

「お疲れ様です。お手伝いありがとうございました。」

「いえ、無理を聞いてくださりありがとうございました。
その、貴方が担当してくれて本当に良かった…母も…いえ僕が1番救われた気がします。ありがとう」

「いいえ、お母様の話聞かせてくださりありがとうございました。
お写真もお返しいたします。ここから先は僕が直接関わることは無いのですが、もし良ければ花を…」

「勿論です。これから母を教会運ぶんですよね。
少し早いですが良ければ花を手むけてやってください。」

「ありがとうございます。」

そこで一旦青年とは別れ、僕は家へ帰り母の入った棺は教会へと届けられた。

1人で母の死に向き合う覚悟もなかったのに青年のおかげで少し前を向けた気がする。
彼女にも母の訃報を漸く伝えることが出来た。彼女はすぐに駆けつけて僕を抱きしめ一緒に泣いてくれた。

彼女や親戚、母の友人や知り合いには母の生前に近い綺麗な姿で別れを告げてもらえることが出来て本当に良かったと強く思う。

改めて青年には礼を伝えたかったが、あの場で別れてから青年と再会することはなかった。
ただ、彼女と2人で母の棺が置かれた教会へ行った時にはもう一輪の花が手むけられておりそれがまたどこか神秘的だった。

「この花は?教会の方かしら」

「いや、納棺師の方だよ。
僕は彼にとても救われた、母も綺麗な姿にしてくれた。
無機質なようでとても暖かい人だったよ。」


終。

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