アズの物語 - 04

04.アズ


「君はこれからどこへいくの」


彼、ニールの仕事が終わったあとも暫く時間を共にしたアズは当然のようにニールの後をついて回った。
それを拒むこともなく、ニールは要件を各所で済ませていく。


「人間は色々大変だね」

「先ほどからあなたの発言はどうも人からかけ離れていますね。」

「そうかな」

「名前はないし、僕たちのことを人間と呼称するし、なによりあなたは人の魂が見えますよね」

「おかしいかな」


おかしいですよ。とだけ答えが返ってくる。
人間の生活に理解を示すことがまだできないアズに対してのニールの勘は鋭かった。
しかしながら他人に興味を示すような性格ではないニールはそれは気になりつつも深く言及するようなことはしなかった。


「でも僕は別にあなたには興味がないので、気になりませんが」

「なんだかちょっと寂しいね。僕はニールのこととても興味がるのに」

「…それはあなたのいう、”人間”に対する興味だと思っておきますね。」

「まあ、間違ってはないかな」


テンポが悪いようで、互いの意思疎通は叶っている会話はなんとも不思議なものだった。
ニールは察しがよく、頭の回転も早く聡明だった。故に他人に興味がないとも言えた。
しかし、ニールにとって当たり前のものがアズにとっては全てが新鮮なものだと興味を示す姿に、短い時間の付き合いではあるがなんとなく目が離せないような気持ちになっていた。
あなたはまるで赤子のようだ、と言われこれでも君よりも長い時間を生きているのだと反論をするアズはやはりニールにとってどことなく幼く見えていた。


「もうすぐ日が暗くなりますね、宿に帰りましょうか。」

「日が暮れると人は帰るものなんだね。そうしよう。」

「ええ、夜はあまりいいものではありませんから。」

「…そうかい、それは何故?」

「夜は、夜を生きるものたちの時間です。この街は安全でしょうから問題ないとは思いますが。」


夜はいいものではない。その言葉は何故か胸にひっかかるような気がした。
アルシェとアズ、二人は朝と夜の対比のようであったため自然と自分は夜が自分の色だと思っていたからかもしれない。


「ニールは夜が嫌いかな」

「いいえ、僕は夜が好きですよ。」

「いいものではないのにかい?」

「言葉にするのは難しいですね、ですが僕は夜が嫌いではありません。」


ニールの言葉は単調だ。ただ自分の意志を言語化するための言葉であり音である。そこに感情が乗ることはあまりない。時間を共にしたのは極わずかだがアズはそれをなんとなく理解していた。彼の言葉はどれも本心だ。
宿への道中、やはり目に入るものはアズにとって新鮮で何度も足を止めた。
普段のニールならそれを放って自分だけ帰るはずなのに、何故かその度に共に足を止め、それが何なのか簡潔に説明をした。
自身の行動に疑問をもちながらも、アズの行動につきあうのは嫌な気はしなかった。

宿につき、夕食時のため食事を取る人が宿の1階を賑わせていた。
宿泊人である二人が帰ってきたのを確認した受付の少女が駆け寄ってくる。


「お帰りなさい、二人は知り合いだったのね。
ちょうど咳が一つしか空いてないから、二人で座ってもらえる?」

「…わかりました。」


少し眉を顰めたニールが仕方ないと空いている席に足をすすめる。それについていき、その席に座った。
少女が運んできた飲み物と料理が目の前に並べられる。


「それは水、その料理はミートパスタです。食べれそうですか。」


まるで手慣れたように説明をする。もはや子守…介護である。
ニールは先にこう食べるのだと見せるようにパスタをフォークに絡め、口へ運ぶ。
それを見てアズも不慣れながらにパスタをフォークに絡めた。


「パスタを見るのも初めてですか」

「そうだね、人間の食べ物を口にするのは今朝飲んだ紅茶を抜けば初めてだ。この水というのは何も味がしないね。」

「一体なんなんですかあなたは」


怪訝な表情でアズを見る。
この世のどこに水を知らず、紅茶を食べ物といい、食事がはじめてだという人間がいるのだろうか。
いよいよアズが人ではないのだという証拠がニールの中で揃いつつあった。

まだ拙い手つきで食事をするアズを見遣りながら自分も食事をすすめる。

食事になれていないアズと、食の細いニールが食事を終える頃には周りの客は帰宅時よりはまばらになっていた。
食べ終わった食器を少女にいわれるままにテーブルの上に置いたまま食事の礼を伝え2階へとあがる。
アズより奥の部屋をあてがわれたニールはアズの先を止まることなく歩き、自身の部屋のドアに手を伸ばした。


「ニール。」


声をかければ、ノブにかけた手はそのままに顔をアズへと向ける。
何でしょう。相変わらず平然とした声色はうまく単調だ。


「明日は予定はあるのかな」

「いえ、特には。あなたは?」

「よければ君の話をききたいんだけれど。」

「僕のですか」

「うん。」

「僕もあなたに興味があります。」

「じゃあ決まりだね。君のところへ訪ねてもいいかな」

「いいえ、僕があなたの部屋へ行くのでこちらには来ないように。」

「どうして?」

「あなたは常識を知り得ないようなので、僕のタイミングで伺わせてください。」


きっぱりと言い当てられてしまい、それもそうかと納得し了承する。
じゃあ待っているよ。ええ、おやすみなさい。短い会話を最後にお互い部屋へと入る。
ガチャリと音がなり外と断絶された小さな空間だけがそこにある。

夜は静かで、外を出歩くひとは昼間と比べて極端に少ない。
夜はいいものではない。その言葉について考えてみるものの、そもそも人の生活や何を恐れ何を悲しむのかも知らないアズには答えを導くことなどできはしなかった。

しかし、人の世も悪くない。
摂る必要のない食事ではあるが、あれは美味しかったし水や紅茶以外にもたくさんの飲み物がるとも耳にした。食事も然り。
楽器を奏でるのも何かよくわからないが感じるものがあって悪くなかったし、あの音色は心地よい。
やけに察しがよく鋭いニールという青年も、気になる存在だ。


「あなたは赤子のようだ」


ニールの言葉を思い出す。他者に馬鹿にされるのはアルシェを除けば初めてのことだ。
なんだかおかしくて自然と笑い声が漏れた。

寝る必要のない体のため、何もないこの狭い部屋で過ごす時間は実に退屈だったため、天界へと戻ればメヴィロスが早速アズに変わって仕事を遂行しているところだった。
メヴィロスは実に不器用なようで、アズの代わりというには頼りなく見えたが仕事をこなす様子は様になっていた。


「やあ、随分早い戻りだね。飽きたのか?」

「夜は何もできなくて暇でね、退屈しのぎに話し相手をしてもらいにきたんだ」

「おい、俺に仕事任せておいて悠長にお喋りかよ!」

「見て、彼随分不器用で面白いんだ、お前の後釜にはなれそうにないよ」

「失礼なやつだな!」


アルシェがメヴィロスをこれ見よがしに揶揄うのを見て、笑みが溢れる。
そもそもとして不器用なのは誰のせいなのかと嘆くメヴィロスも随分とかわいそうなことだ。


「そうだ、アルシェ。僕の名前が決まったよ」

「それはめでたいな。それで?」

「アズというんだ。これからはそう呼んでくれ」





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