ノックスの物語 - 02

02.憎しみに沈む夢

時々夢を見る。
後悔と懺悔に苛まれ、微睡のような深海のようや何かよくわからない沼のようなものにゆっくりと、ゆっくりと沈んでいく夢、
心の中は訛りでも含まれているかのように重いのに、思考は嫌に冴えていて苦しい。


心臓が重い。


その重さで沈んでいく。呼吸は確かにしているのに息を吸うたびに胸の重みが増していくようで苦しい。

自分が何に対して後悔しているのか、何を懺悔したいのか、何を、何を、何を………。

助けてーーー


「…………ハッ」


目が覚める。外はまだ暗い。夜はまだ明ける様子はなく、明るい月が街を淡く照らしている。

嫌な夢だ。静かに深い後悔に沈む夢。どんな悪夢よりも疲労感が強い。夢の名残りかあの夢を見る原因か胸の奥に鉛のような重さのそれが脈を打っている。

眠りを再開する気分にはとてもなれず、静かにベッドから降りる。同じ部屋に眠る子供たちを起こさないよう音を立てずに部屋を出た。
廊下を一歩進む足すら重い。早く外に出たい一心で足を動かした。

息を吐くたび溢れる白いそれが、以下に気温が低いかを視覚的に情報を伝達する。でもそんなことはどうでも良かった。寒さよりも思考以外の体の全てが鉛のように重さと次第に増していく息苦しさの方をどうにかしたかった。

ガチャリ

無意識に掴んでいた玄関のドアノブ。その音でハッと意識がもどる。もうどうやってどれくらいの時間をかけて玄関まで来たかすらよく覚えていない。
扉を開けて最初に目に入った月が、今まさに外へ抜け出そうとしている俺を責めるように見つめていた。


「はあっ…」


ゆっくりと息を吐く。冷たい空気が鉛のよう重かった体に取り込まれてぐんと体温が下がるのを感じ、身震いをした。それでも屋内にいた時の何倍も気が軽い。


今日は久しぶりに寝つきが良いと思ったのに、この様だ。何度も見るあの夢は呪いか、自身の罪悪感か…今となってはわからない。

この施設に来てから、あの夢を見るのは決まって満月の夜だ。それ以外にも見る事はあるが、大抵は月が満ちた夜。心理的なものだろうと自身で原因を探ろうと始めた記録を見れば満月の夜が圧倒的に多かった。
夢と夢を見る原因を結びつけて解決するために始めたが結局夢を見なくなるなんて事はなかった。しかし、何かに昇華しないとやってられなかったから原因を探るという名目で夢の記録をしばらく続けたのだ。それも無意味だと知って辞めてしまったが。

何故無意味か、答えはとうにでているから。

あれは微睡なんかじゃない。自分の胸の奥底に湧く憎悪の沼だ。沈み切る前に目覚めるのはまだ理性が残ってる証拠。憎しみのままに動いても何も変わらない。大丈夫、まだ抗えている。


「大丈夫…大丈夫」


この施設に来てから1年。世話してくれる人も似た境遇でここに来た子供達も、みんな良い人ばかりだ。ここにいるのは心に傷を負った子供ばかりだが、みんな前を向いている。俺とは違う方向を向いて。
俺だけが特殊だ、俺だけがみんなと違う、俺だけがみんなが感謝してるものに憎しみを抱いている。
この街に、俺を救ったと満足気な大人たちに、憎悪を抱いている。そして憎悪の対象に無垢な笑顔で感謝を伝える自分自身を一番に憎んでいる。


ここに来てからずっと考えている。何をすればいいのか、自分の贖罪は何なのか、何をすれば自分が救われるのか。
何をするにしても早いほうがいい。成人してからでは全てが遅い。少なくとも、10の歳を迎えるまでには答えを出したい。


「おえっ」


寒さからか、思考を回しすぎたのか、胃の中には何もないというのに嘔吐く。胃液が喉元まで上がってきて喉に嫌な傷みを感じる。頭痛がする、指先の感覚がない、嘔吐が気持ち悪くて涙も出てきた。体は寒さでもう動かせる気がしないし最悪だ。でも心臓が軽い。地面についた膝の感覚もなければ支え切れずに崩れた体が地面に当たった痛みもない。でも体も心も先ほどより随分軽い。

このまま死ねたらいいのに。あぁ、眠い。ねむろう。


「お願いだから俺を殺しにきてよ、ノクト…」





続。

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