アズの物語 - 01

01.世界を作るもの


初めて自我を自認したのは、産み落とされてから随分と経った頃だった。
何もないこの星に片割れと共に産み落とされ、あらゆる命を作った記憶だけは残っている。
一人は朝を思わせる淡い色を見に纏い、僕は夜のように深い色をもっていた。

二人はまるでそうすることを決められていたように、大地を作り植物を芽吹かせ生き物を放った、海を作り深い海の底から浅瀬まで大小さまざまな命を水中に踊らせた、空を作り雲を浮かべ空を駆ける鳥を放った。
自然と呼ばれるあらゆる事象をつくり、あらゆる命を作った。

今の歴史に残るあらゆる生命を生み出した頃、僕たちはようやく意識を持ち自我を持ち始めた。
それでも今ほど思考や感情は持ち合わせていなかったように思う。
繁殖し増え続ける命に制御をかけるために死という命の上限を作り、彼は弱肉強食という食物連鎖を作った。
巨大な生物の背に乗り散歩を満喫したこともある。

しかしながら、その世界に満足することができずに自分たちの意思で一度世界を滅ぼした。
僕はあらゆる命に強制的な終わりを与え、彼は失われた地上に芽吹いていた命を再生した。
自我を持つ前につくられた生物を元に、また新たな生物を作り出す。
彼がつくりあげる生物たちはユニークなものから愛らしいものまでさまざまでみていて飽きることはなかった。
かくいう僕は何かを作ろうという気にはなれずにいた。
その頃から無意識に役割を理解していたのかもしれない。


「私たちと似た生き物をつくってみないか」


彼の突然の提案に僕は頷いた。面白そうだね。
最初に作ったものは、僕たちの姿を模した姿をしていたがあきらかに違った。
本当にそれが自分の姿だと思っているのかと大笑いした記憶がある。
あんなに高らかに声をあげて笑ったのはあれが初めてだとおもう。
それから何度も試作を加え、ようやくまともな姿になった物にヒトという名前を与えた。
ヒトは形は出来上がったものの上手く機能はしなかった。
思考はなければ知性もない、自我というよりは本能的で、自信の体をうまく扱うことすらできていなかった。
何がたりないのか、形あるもので必要なものは全て与えたがそれでもうまくいかなかった。
彼は何が足りないのか思案し続けたが、その答えが見つかることはなかった。

その後、僕が与えたものにより、ヒトが完成した。
それは今でいう魂と呼ばれる物だったが、その説明は今となても難しい。
人間の言葉を借りても概念のようなものにしかならない。なぜなら形を成さないからだ。
小さな光のような、柔らかくも硬くもない、触れることのできない存在が不確かなもの。
心とも、意識とも、精神とも呼ばれるものだ。
魂の入れられたそれはそれぞれの思考を持ち、さまざまな経験の中で個体差を持ち始めた。
彼はヒトを気に入り、僕にとっても気に入った存在となった。


「そろそろ、ここも狭くなってきた。空に私たちの居場所を作ろう。」


彼はそうい言い、空のその上へと登っていった。
僕はヒトのそばでその進化を見守ることにし、地上に残った。

はるか昔のことではっきりとしたことは覚えていないけれど、僕と彼が始めたこの世界はこんな感じだったと思う。




*****



天に昇った彼は、次々と子を作り役割を与え天界を発展させていた。
その話は時々降りてくる彼の子たちから聞いた話だったが、彼が何を成さんとしているのかは僕にはわからなかった。

ヒトはといえば、随分と知恵と知識を身につけ文明を築いていった。
あらゆる地にヒトを置いてみたが、環境や気候のちがいからかそれぞれに適応をはじめ、それぞれの文明や生活を築いていた。
天に住む彼らの子らにそれぞれの地の観察を任せ僕は、身近なヒトを見守った。
この頃、僕たちとヒトの距離は随分と近かったように思う。僕もヒトと顔をあわせれば親しくしていたし、彼の子たちもそうだった。

僕たちが神とよばれ、ヒトの崇拝の対象になった頃には僕たちの距離少しだけ遠くなった。
信仰とは時に突き放されるものである。信仰の対象となれば神聖なものとして扱われ気軽に接していいものではないようだった。
そういった変化から各地でヒトを見守っていた神たちも天から見守ることを選び地上から離れていった。

かくいう僕もやむなく天にのぼることになる。
ヒトが増え、魂の所在が不安定になり、管理が必要になったからだ。
僕はヒトのそばから離れる際に唯一の子を作り、癒しの役割を与え自身の変わりにヒトを見守るように伝え地上を離れた。

天界にて彼の次席に着いた僕の役目は、死んだ器から魂が抜け彷徨わぬように取り除き天へと導くものだった。
魂に刻まれた生を読み、冥界行きか新たな生を与えるかを裁定する。それを繰り返しているうちに、いつしか僕はヒトから死神と呼ばれるようになる。
随分と不名誉な名だと思うこともあったが己が与えた死を司る神とはまた理にかなっているとも思った。

しかしながら、死とはヒトにとって恐れるべきものとされるようになったことにより、僕もまた畏怖される存在へと変わっていった。
僕が全ての命に与えた死という終わりは、ヒトに限らず数多の悲しみや、憎しみを生んでいるようだった。


「アルシェ、君は何故死が恐れられているか知っているかい」


天界に聳え立つ神殿の中の庭園にて。
アルシェそう呼ばれたのは振り向いたのは、僕と共にこの世界に産み落とされ今では天界の王座につく僕の相棒の名だ。
いつからかそう名乗りはじめ、彼らの子にも名が与えられている。


「さあ、それを作ったのは君だろう、必要なことであるのになぜ恐れられているんだ。」

「それを、僕が君に聞いているのだけれどね。」

「後悔でもしているのか?」


後悔、その言葉の響きはどことなく胸の奥に落ちるような気がした。
際限なく増え続ける命の数を制限するために作った死という終わり。それがヒトを悲しませていることは確かに何かを思わせた。
何故受け入れてもらえないのか、きちんと天に導き大半の魂は新たな器を与えられ新しい生を全うすることができるというのに。


「一番、ヒトの近くにいたのはお前だろう。
私も彼らを気に入ってはいるけれど、今となっては傲慢かと思えば繊細で自己顕示欲が強くて時に野蛮な生き物だ。」

「それは君が作った弱肉強食に倣ったものじゃないのかい。」

「知性をもった生き物が生存戦争に勝ち残るために野蛮的になるのは確かにそうだな。
ところでお前はいつになったら己の名をきめるんだ?呼ぶ時に困る」

「名前なんて気にすることはないよ。僕の話し相手は限られているしね」


そう、僕の名前はこの頃にはまだなかった。
僕の名前は自分できめたものではなく与えてもらったものだから。
神であるぼくが、唯一他者から与えられたもの。消えてなくならない限り永遠に己に寄り添い続けるもの。


「ヒトの生活にでも紛れ込んでみるかな」

「また突拍子もないこと言う。
まあ、君の代わりは僕が埋めてあげよう。好きにしたらいい。」

「そうかい、礼を言うよ。」


彼は自分が穴を埋める訳でもないのに自慢げだ
その後僕の代わりを暫く勤めたのが彼の子であり僕の部下で友人となる、後の冥界の主メヴィロスである。




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