アズの物語 - 03

03.納棺師の青年


「失礼、この子に用があるのだけれど。」


人が溢れる街並みの中、その片隅で青年の腕を掴んでいる男に声をかける。
少し苛立ったような口ぶりで言葉を返してくる男にいかがしたものかと無言で見つめていると、居心地が良くなかったのか盛大な舌打ちで青年を解放し何処かへと消えていく。
その背中を見送り、見えなくなった頃ようやく青年の存在を思い出し横を見るともう既に青年は姿を消していた。

用があるといったのは確かに出まかせであったが、ついでに尋ねようと思っていたことが尋ねられなくなってしまい、音もなく消えた青年の俊敏さを感慨深く思いながらまた歩みを進めた。
人の生活をするにはまず、寝床が必要になるだろうとそれとなく探す。
宿、という寝床を貸す場所があると耳にしてそれを探す。
人の賑やかさを見るのは好きだが、どうもその渦中に加わることには疲労を伴うようでそれを避けるように街の中央から外れた場所まで足を運んだ。


「暫く滞在したいのだけど」


道ゆく人に尋ね、良さそうな宿屋を紹介してもらったそこで宿を取る。
どれだけいるのか詳しく尋ねられてしまったためとりあえず尋ねられた「一週間?」という言葉に頷いておいた。
人は7日をまとまった1つの区切りにしているようだ。
宿代は前払いだと伝えられ、事前に用意してあった硬貨を適当に渡すと色の違う硬貨がいくつか返される。
何故硬貨を返されてしまうのかじっと見つてていれば「お釣りです」とまた受付の少女が不思議そうに答えた。
ああ、そうか。なんて言って返された硬貨を懐にまた収める。
建物の2階、いくつか並ぶうち一つの扉の前に案内される。こじんまりとした個室が暫くあなたの家になると伝えられ鍵を受け取った。


「どうぞ、ごゆっくり。何かあったらいつでも声をかけてください。
お食事代は宿代に含まれてるのでよかったら下で食事をとってくださいね」

「ありがとう。」


丁寧に笑顔で説明を受け、どこか嬉しそうに階段を降りていく少女を見送り部屋に入った。
人は随分と狭い場所で生活をしているのだと、窮屈さを感じつつも不思議と嫌悪感はない。

窓からは街の様子が見える。
とくにやることもないけれど、とりあえず外を歩き回ることにしようと部屋出る。


「あ、」


ふと耳にした声に目をやれば、先ほど姿を消した青年と似た背丈の人間がが同じように扉を開け外に出ようとするところだった。
軽い挨拶をすれば、罰が悪そうに彼も頭を下げる。黒髪と白い肌に映える深い青色の瞳が困惑の色を示している。


「えっと、先ほどは助けていただいたのに礼も言わずに…」

「あぁ、気にすることはないよ。」

「いや、しかし…」

「君はどこかへ出かけるのかい?」

「ええ、仕事へ…」


仕事?そう尋ねれば納棺師をしているのだと返ってくる。よくわかっていないことを察したのか、死んだ人を見送るための準備を手伝う仕事だと簡単に説明をしてくれた。
死ときいて興味が惹かれ、叶うなら同行したいと伝えると、見ても面白いものではないと断られるが興味があることを示せば渋々頷いてくれた。

見ているだけ、質問もその他口を出すことも、遺族の方に無礼を働くこともしないでください。と釘を刺される。よくわからないけれど、簡潔に言えば黙っていろということなのだと察して頷く。
人の死を目にすることがまさかこんなに早く叶うとは思ってもいなかったため、少し楽しみな気分になった。



******



約束通り、僕は彼の仕事を黙って見守った。
彼の依頼人への対応はスムーズで丁寧、実に簡潔的でけれど依頼人は救われているように見えた。彼の仕事、納棺師とは死体に対してエンバーミングというものをを行うものらしい。
その辺の詳しいことは話をきいてるだけではてんでわからないことばかりだったが、家族の死を悲しみ涙している姿はやはり僕にとってはただの一風景だった。

まだ魂は死体のそばにあり、己の抜け殻を前に悲しむ家族を心配そう見つめている。おそらく一番悲しみに涙している女性の伴侶なのだろう。じっと見つめていればこちらに気づいた彼が頭を下げる。
なんとなく、人としてこの場に立っている身としてはあまり手を出さない方がいいのだろうが、彼の魂を覗き見て彼の最後の望みを叶えてやるのも悪くないと感じた。

納棺師は話が終わったらしくこれから処置を行うようで、死体と共に奥の部屋へと消える。
その場に残された女性とその子供少女が二人、と僕と彼の霊魂。


「君、」

「え、あ…はい」


女性の背を撫で寄り添う少女に声をかける。
主人が使っていたであろう楽器を貸してほしいと尋ねると、女性が顔をあげる。
何故それを知っているのかという顔だ。


「彼が最後に残した曲を、君たちに贈りたいと思ってね。」

「でも、あの曲は…」


少女が困惑の表情を残しつつ言われた通りに楽器を持ってこてそれを受け取る。
緩んだ弦を締め、チューニングを繰り返す。高価なものではないため音がいいわけでもなく、古びておりどことなく心もとない音が出る。
呆然と見つめる霊魂の記憶を読み、どのような音楽なのかを把握する。


キィ…間の抜けた音が部屋にこだます。
その音に続け奏でられた音が次第に耳触りの良い音に変わった頃、ようやくチューニングが終わり彼の奏でたかったであろう音を奏でた。
家族にとって聞き覚えのあるメロディだったそれは、彼がつくっていたものだとすぐに気づいた。
家族を想う音、しんみりと胸に染みる和音、哀愁ただようその音の奥には温かいものが隠れている。
長くも短くも感じたその演奏が止まった頃には家の周りに耳を澄ませる観客が集い、少女二人と女性は抱き合い涙を流していた。


「それは、その曲は…本当に主人がつくったのですか」

「そのようだよ。きっと楽譜も部屋のどこかにあるだろう。探してみるといい。」

「はい、はい…ありがとうございます」


泣いている理由など、僕には知る由もなかったが彼女たちの救いになったのであればこの行いは間違いではないのだろう。
無礼だとは思うのですがもう一度聞かせてください。と懇願する彼女たちの願いを聞き、彼が過去に作ったのであろう曲を何曲か繋ぎながら、長い演奏を披露した。

処置を終えたのであろう納棺師が奥の部屋から出てきた頃合いを見て、曲を終わらせる。
納棺師と目が合う。何か言いたげな顔をしていたが特に何か言及されるようなことはなかった。

納棺師ともども家族に感謝され、頭を下げてその場を離れる。自然と僕は納棺時の隣を歩き、数分した頃納棺師が足を止めた。


「あなたは何者ですか?」

「何者、とは?」

「…何故あの曲を?」

「さあ、なんでかな」


とぼけてみるが彼の疑いの目は晴れる様子がない。
言い淀んでいると、根負けしたのは納棺師の方だった。深いため息とともにこちらを見上げてくるその目はどことなく諦めの色が見える。


「あなた名前は?」

「名前…?なまえは…、ちなみに君の名前は?」

「失礼しました。先に名乗るべきでしたね。僕の名前はニールです。それで、あなたは?」

「ないんだ。」

「はい?」

「名前がないんだ、僕。」


この時ほど名前がないことに不便を覚えたことはない。よかったら名前をつけてくれないか。そんな僕の言葉に眉を顰め暫く考えるそぶりを見せたあとにぼそりとつぶやかれた音。


「アズ」

「アズ…?」

「はい、まあ…安直なものなので気に入らなければ別に」

「いい名前だね、ありがとう。じゃあこらから僕のことはアズと呼んでくれ。」

「…はあ、気に入っていただけたならよかったですが…」


短くすっきりと耳に入る音が気に入った。安直とは言えいずれ何か意味をなす名になるだろうと思えた。
神という立場である僕が、なんともあっさりとした成り行きで名を受けたなんてことは僕以外にはだれも知らないだろう。
もしかしたら、サナがどこかで聞き耳をたてていたかもしれないが。





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