厭世って何処のハナシ

「あんたがコイツの彼女?」

「へ?」

私は最初、注文を聞いたはずである。けれども返ってきたのはよくわからない質問で、目をパチクリさせた。コイツ呼ばわりされた松田さんは不機嫌そうな顔をしているし、質問を投げかけた女性は私を睨みながらカウンターから身を乗り出している。厄介ごとは持ち込まないでって言ったのに。質問された内容に驚いたものの、取り敢えず持っていたお皿を割らなかった自分を褒めたい。

「えーと、どういう…?」

「どうなの?あんたと松田君はどういう関係?」

「ちょっと、由美!」

ロングヘアの女性が、美和子は黙ってなさい!とショートヘアの女性に告げる。松田さんの方を見ても素知らぬふりだし、何と無くこの状況は修羅場というものだろうかと思った。こっちとしては営業妨害だとうっすら感じるくらいには良い迷惑である。松田さん、イケメンなくせして2股かけてたの?んで、頻繁に此処に来るから疑われたの?

「松田さん、どういう事?」

「気にすんな。ただの野次馬だ」

「いや、違うだろ。明らかに怒ってんじゃん。私関係ないのに巻き込まれてるんだよ。萩原さんに言いつけるよ」

「止めろ、アイツには言うな!尾ひれ背びれが付けられて面倒になる」

じゃあこの状況何とかして、出禁にするよと告げれば、仕方ないなと肩を竦めた。違うからね、肩竦めたいのは私の方だからね。女性2人は彼の職場の人で、それぞれ由美さんと美和子さんというらしい。取り敢えず立ったままの女性2人に着席を促し、気を取り直して注文を聞く。其々アメリカンという無難なものを口にした。使う豆を聞こうとしたけど松田さんにマシンガントークをかまし始めたので断念。取り敢えず薄めコーヒですね分かりました。豆は勝手に選びます。

「はぁ?!ただの知り合い?あんたね、こんなに頻繁に通ってて、そんな理屈が通ると思ってんの?」

「何でだよ。珈琲飲みたいから来てんだよ」

「それこそ何年もでしょ!」

「俺よりも萩原の方が長い。疑うならそっちからにしてくれ」

くわっと目を見開いて抗議する由美さんを心底めんどくさそうに片手であしらい、お代わりを注文された。えー、このタイミングでする?ほら、美人の由美さんが般若みたいな顔で睨んで来るじゃん。やめてよ、さっきまで頑張って気配消してたのに。

「あんたはどうなの?!」

「松田さんはいい金づ…いえ、常連のお客様ですよ」

「おい、いま金ヅルっていったか?聞き間違いだよな?」

「ええ、聞き間違いです。思っていても口には出しませんよ〜」

あははと笑えば松田さんの頬がピクピク動いてた。これくらいの報復許してほしい。そんなやりとりを由美さんと美和子さんはぽかんとした表情で見ている。本当にただの知り合いアピールを頑張る私。松田さんだって、こんな歳下のちんちくりんと噂されるのはいい気はしないだろう。何たって初見は女子大生と警察だからね、そこそこ犯罪の匂いがするからね!

「ほんとにぃ?」

「本当です」

「つーか、佐藤も依に会ったことあんだろ」

「え?」

「米花ショッピングモールの観覧車爆破事件。あれに偶々乗り込んでた一般人がコイツだよ」

「え、あ…あーっ!!」

美和子さんは思い当たる節があったのか、私の顔を指差して声を上げた。そうです。私があの時の不運な一般人です。というか、私も気付かなかったわ。今彼女は私服を着ているし、スーツじゃないと分からないもんだなぁ。あの時は大変だったわね、と今更ながらに労ってくれるので、少しだけ修羅場を脱したことにホッとした。

「私服だとだいぶ変わりますね」

「そう?あんまり自分では分からないけど…」

「雰囲気が柔らかくなります。刑事さんだとは気付きませんでした」

何がきっかけになったのかは分からないが、無事に松田さんの彼女疑惑は晴れたらしい。さっきまでは敵視されていたのに、特に由美さんにだけど、今ではすっかり会話が弾んでしまう。女性は不思議な生き物だ。喫茶店に置いてる小物なんかも褒めてくれたし、勝手に選んだ豆で淹れた珈琲も美味しいと言ってお代わりしてくれた。なんていい人。

「依、2杯分テイクアウトにしてくれ」

「はーい。豆はどうする?」

「…ブルマンで」

「流石お客様!お目が高いですなあ」

「ブルマンの袋持って聞いたのはお前だろ」

「因みにこれ、すっっっごい苦労して手に入れた豆だから、普通のブルマンより高めなの!ご注文ありがとう!」

「おまっ…!」

発言に驚いた松田さんは席を立ちかけたけど、袋にハサミを入れ始めた私を見て、脱力して再び席に沈んだ。お店を騒がせてしまったことをちょっとは悪いと思ってくれているらしく、文句は言わないものの渋々安月給からお代を払ってくれた。

「味は保証するよ。あと常連割してあげるね」

「それでも高ぇよ」

「2.5杯分でこのお値段はお得ですよ、お客さん」

なんせこの時期にしか出回らないプレミアものなのだ。頑張ってツテも使って、現地のバイヤーにもアポとって漸く手に入れるに至った、私の苦労が詰まったもの。そんなプレミアムな珈琲の1番最初のお客様になれるなんて、松田さんは運がいい。

「ほら、良い香りでしょう?」

「…確かに」

「松田君、あんた本当にいい金づるにされてるわね」

「うっせーよ」

由美さんたちに揶揄われながらも、松田さんは満足そうにタンブラーを受け取ってくれた。私の無茶ぶりにも対応してくれるし、新しいお客様を開拓してくれる松田さん、まじイケメン。

「まあ、松田君も萩原君もここに入り浸るの分かる気がする。ここの珈琲、確かに美味しいもの」

「インスタントじゃ物足りなくなるわね」

「あーん。テイクアウトもできるなら、私もタンブラー持ってくれば良かったー」

「松田さんに免じて、今回は特別に一杯だけテイクアウト用の紙コップでお渡ししますよ。いつもはやってないので内緒にしてくださいね」

家にタンブラーがあるなら態々買って貰う必要はないし、あっても使ってもらわないと意味がない。環境に優しい店を謳っている店としては、紙コップでの提供はしていないのだけど、松田さんの知り合いでもあるしここの珈琲を気に入ってくれたのでスペシャルサービスだ。私の計らいに女性陣2人はとても喜んでくれたが、松田さんだけは不満そうだった。

「俺との待遇の差、ありすぎだろ」

「私は可愛い人の味方です」

「…そうかよ」