全然わかんないワケで

「店長、これって何ですか?」

アルバイトの咲ちゃんが棚から見つけて来たのは、何時ぞやの雅美ちゃんに託された預かりものだ。あれから彼女の姿は一度も見ていない。

「あー…それはね、前来てくれたお客さんの忘れ物」

「処分しちゃいますか?」

「ううん。取りに来るって言ってたからそのままでいいよ」

分かりました、と元の場所に戻されたそれ。中身は何かも分からなければ、いつ取りに来るかも不明だ。もしかしたら取りに来ないのかもしれない。一度だけ、彼女に聞いた偽名と同じ名前が新聞に載っていたけれど、顔写真とかはなかったため未だに同一人物であることを確認する事はできてない。だからこそ、一縷の望みをかけて雅美ちゃんの来店を待ち続けていた。

「うわ、やられた…」

紙袋に懐かしさ感じた数日後、2日ぶりに店に来てみると色々大変なことになってた。散乱するコーヒー豆。袋に入れてそのままだったはずなのに、ものの見事に一つ一つ紙袋が切られ中身が出されている。全くどれだけ苦労して卸から仕入れてると思ってるんだ。何かを探したような跡がある割には、金目のものは取られておらず、雅美ちゃんから預かっていた紙袋だけがなくなっていた。何故。これは普通の空き巣じゃないことは何となく判断できたので、強力な助っ人に電話をかける。

「それで俺を呼んだのか」

「暇かなって思って。それより赤井さん、見てくださいこれ!珈琲に対する冒涜だ!どう思います?!珈琲党の赤井さん!」

「その辺は分からんが…何か取られたか?」

「前に来てたお客さんから預かってたものかな。紙袋に入ってたやつなんだけど紙袋ごとごっそり」

「中身は?」

「さあ。人のものなのに開けないよ」

警察じゃないんだから、と言えばそれもそうかと納得したらしい。FBIの赤井さんによる現場検証が始まった。横顔はまさしく警察官。雰囲気もいつもよりピリッとしていて、何も逃さないような気迫さえ感じる。仕事してる時の赤井さってこんな顔するんだ。その横で邪魔にならない程度に泣く泣く床に落ちたコーヒー豆を拾い集め、廃棄箱へと入れる。味も香りも楽しめないまま廃棄になるなんて、コーヒー豆達もさぞ心残りだろう。

「監視カメラは設置してないのか?」

「あー…あったけど配線切られてたみたいで真っ黒だよ」

「使えんな」

「…うわ〜言っちゃう?それ言っちゃう?」

「せめて盗まれたものが何かわかれば犯人の検討も立てられるんだが」

そんなにすぐ分かるものなんだろうか。半信半疑の目を赤井さんに向けると、気に食わなかったのかデコピンされた。結構良い音したから、これ絶対赤くなってる。しかしデコピンを受けて思い出したことが一つ。不要な機材を入れておく丁度良い大きさの紙袋がなくて、ちょっと雅美さんの預かりものの紙袋を借りたのだ。そして元々の中身は自分のロッカーにごっそり残ってる。

「あー…赤井さん?」

「何か心当たりでもあったか?」

「心当たりというか…ごめん、盗まれたのはお店の機材だ。あの紙袋に入ってた中身は残ってる」

「…相変わらずゆるい頭だな」

「酷い!」

見せろと言うのだが、生憎雅美さん本人じゃないからおいそれと差し出すのも気がひける。小学校とか自分の黒歴史に関するものが入ってたら、私だったら死ねる。もう誰も信用しないってなるから、お店の信用のためにもできれば中身の確認はしてほしくないんだけれど、その辺の理屈は赤井さんに通用しないらしい。問答無用で保管場所まで案内された。あれ、これ空き巣より怖くね?

「小さい箱と、あとMDカセットが数枚」

「ほぉー…開けても?」

「私が止めたって見るくせに」

「フッ…違いない」

がさがさとけったいなビニール袋(雅美さん、ごめんね)に入ったそれらを取り出した赤井さんは、興味深そうにそれらを見つめ箱のほうを手に取った。MDはさすがにプレーヤーがないと何が入っているのかわからないが、小さな箱に関しては鍵もなく、簡単に開いたらしい。中には文庫本サイズのノート。開いてみるとそれらは手作りのアルバムのようであった。益々見てはいけない黒歴史の予感がする私の横で、その写真を穴が開くほど凝視している赤井さんは、信じられないという顔をしている。何となく声をかけるのは気が引けて、彼が動き出すまで待っていた。

「…これは…」

「…アルバムみたいだね」

「…あぁ。そうか…彼女が言っていたのはこの店だったか」

「…何の話?」

「それについては追々話してやる。それよりもここへ入ったやつらの検討がついた」

「まじか。すごいなFBI」

「依はやはり俺たちとは切っても切れない縁があるらしい」

ものすごく、ものすごく先を聞きたくないのは気のせいじゃない。真剣さの中にどこかこの状況を楽しんでいることが窺えて、ええ、ものすごく嫌な予感しかしませんとも。そして大体こういう時の自分の勘は当たるのだ。嬉しくない。そんな思いが顔に出ていたのだろう。いや、態と出しているんだけれども。

「聞きたくなさそうな顔だな」

「できる事なら」

「まぁ、そんな大層なことじゃない。俺たちが追ってる組織がこの店にきただけのことだ」

「連れてきたの、絶対赤井さんでしょ」

「それだけお前が俺たちとかかわっている証拠だ。まあ巻き込んだ以上、依は守ってやるさ」

「ついで感が否めないのは何でだろう」

「お前が素直じゃないからじゃないか?」

ポン、と慰めに頭に大きな手が乗せられる。私のふてぶてしい態度にも変わらず接してくれる赤井さんはやっぱり懐が大きい人である。ただ、既に彼の両手は抱えられないほど多くのものを持ってしまっているのではないだろうか。ちらりと赤井さんを見上げる。それが不安から出たものだと思ったのか、落ち着かせるようなゆっくりとした手つきで撫でられるけど、そうじゃない。私はお荷物にはなりたくないし、何かを気負うようなことにもなってほしくない。

「赤井さん」

「なんだ」

「いざという時は私のことはいいからね」

「…それは」

「油井さんもいるし自分の身はある程度自分で守れるってこと!赤井さんだって何かのために自分を犠牲にするなら、私本気で怒るから」

以前松田さんにも似たようなことを言った気がする。そんな啖呵を切った私を、赤井さんはしばらくオリーブ色の目をぱちくりとさせて見ていたが、突然笑い出した。ワライダケでも食べたかっていうくらい笑っている。笑われた本人は結構真剣に話していたのに。

「そう怒るな。依はかっこいい女だと思っただけだ」

「どういう意味?」

「時期が来たら教える。それから、これらは預かってもいいか?」

ビニール袋に入った預かりものを持ち上げる。できればこのままお店に置いて本人が来た時に返したいのが本音だ。アルバムなんて大切なもの、証拠品として没収されたと知ったら雅美さんも悲しいだろうから。彼女がそれを渡したかった相手もおおよそ検討はついているので余計に。顔は知らないけれどきっと妹さんだと思う。

「いつ返してくれる?」

「俺の手で責任をもって本人に返そう」

「え、赤井さんって雅美さんと知り合いだったの?」

「ああ。よく知っている…従妹だからな」

「…え、あ…え?!じゃあ前話していた元カノってこと?!」

私の絶叫にしれっと頷いた赤井さん。こんな展開、さすがに予想していなかったよ。あんぐりと開けたままだった口を、赤井さんが顎を押し上げて閉じてくれる。いや、そうじゃなくてさ。閉じてくれたのは有難いけど、なんだろうこのやりきれなさは。それでもほっとしたことが一つ。彼女はやるべきことを成し遂げた上、ちゃんと生きているのだ。それが何よりも嬉しくて、安心感からか思わず涙がこぼれた。

「言っただろう。お前のおかげで救えた人間がいると」

「だってそんなのっ…誰のことか分かんないじゃん…!」

こんな時ばかり守秘義務を前面に出さなくなっていいじゃないか。普段は知りたくないことを勝手に話してくるくせに、こういう時の赤井さんは言葉が足りないのだ。それが彼が担当している捜査の根幹かもしれないけれど、関わった人の生死くらいは知っておきたいの思うのは我儘だろうか。

「まぁ、お前のことは伝えておく。彼女もずっと気になっていたようだからな」

「そっか…またお店に来るように伝えといて」

「ああ。必ずな」

そのまま何も言えなくなってしまった私にの頭を、赤井さんは揶揄うこともなくずっと撫でてくれた。その垣間見えた不器用な優しさに、少しは見直してあげようと思った今日この頃。