「今日も閉まってるね…」
「いつ開いてんだよ…これじゃあ喫茶店の意味ねえじゃんよ」
「不定期とは言っていましたが、ここまで開いてないとは思いませんよね」
相変わらず"closed"と書かれた札がかけられている扉を見上げて、少年探偵団は肩を落とした。一度博士と訪れてから、ちょこちょここの"gatto errante"という喫茶店を訪れているのだが、まだ数えるくらいしかお店が開いている日に巡り合えたことがない。それでもお店が開いていれば、優しい女性の店長が出迎えてくれるのだ。
「別の仕事もしてるって言ってたし、忙しいんじゃねえの?」
「これだけ頻繁に来てるのは、あなた達くらいじゃないかしら」
扉から店内をのぞき込む3人に、あきれたように言葉を零したのはコナンである。その横で灰原も小さくため息を吐いた。最近の彼らの活動といえば、偶々遭遇した事件に首を突っ込むか、3日置きくらいにこの喫茶店を訪れるかしかしていない。小学生だから、もっと元気よく遊べばいいのに、と思わないでもないが、彼女もここのカプチーノが気に入っているため、少しだけ店主の心配をする。
「何か事件に巻き込まれたんじゃねえのか?」
「それはねえだろ。ほかの客も言ってたじゃねえか、ここは店長の趣味でやってるから、店を開けるのは気まぐれだって」
「でもさ、3週間は長くない?」
「そうですよ!いくら趣味だとしても、半月営業していないというのは問題があるんじゃないでしょうか」
光彦に言われたが、確かにそうだ。たとえ趣味だとしても、仕入れ先とも契約もあるだろうし、突発的に半月休みにするのは賢くない。ただこの店なら、こういったこともあると言われてしまえばそれまでだが。考え込んだコナンの横を2人組の初老男性が通り過ぎる。その時聞こえた会話の内容から、どうやらここへ通っているお客だということは分かった。二人は子供たちと同様に喫茶店の看板に目をやった。そして、おや、と驚いた様な声を上げる。
「まだお休みかあ…今回は長いねえ」
「忙しいんかねえ…風邪ひいてないといいんじゃが…」
「おじいさんたちもここの常連さん?」
「そうさ。ボウズたちもかい?」
「そうだよ!ここのお姉さん優しくて大好き!」
「珈琲もうまいしな!」
「コンビニのものが味気なく思えますし!」
「そうかい。依ちゃんは子供に好かれやすいからねえ」
歩みたちの言葉に嬉しそうに目を細めた男性たち。店長である依や珈琲を褒められるのが堪らないといった様子だ。そんな中、先程男性が放った言葉に違和感を覚えたコナンが再度質問をする。
「このお店って、こういうことよくあるの?」
***
のらねこ喫茶はその名の通り、気まぐれであるらしい。開いていることのほうが珍しく、常連の中ではお店に入れたら宝くじを買え、とまで言われるほど奇跡に近いのだとか。店長自ら珈琲豆を仕入れることもあるため、休みだったりすることは常であるが、ただ、今回は常連も驚くくらいの長さではあるらしい。例え長期で休むとしても必ず連絡はあるし、そうでないときは1日は開けずとも、半日や、数時間という時間で開いていたのだが、今回はそれもない。ただ、常連の男性は、"きっとおいしい豆を探して海外に行ってるのさ"とのんきに笑っていた。
「コナン君?どうしました?」
「え、あ…昴さん」
少年探偵団と別れた後、すっきりしない思考で街を歩いていると、工藤邸に居候している沖矢に声を掛けられた。丁度買い物中だったようで、両手に2つの大きなビニール袋を提げている。その食材の多さに、この人、一人暮らしだったよな、と頬を引きつらせつつ、一緒に工藤邸に向かいながらなじみの喫茶店の状況を伝えた。この人なら、自分と同じように推理してくれるかもしれない。そう思ったのだ。
「ホー…店主が3週間も店を開けていないと」
「そうなんだ。常連はみんな口をそろえて、そのうち戻ってくるって言ってるんだけど、流石に1か月近く連絡が取れないのはちょっと…」
コナンの心配ももっともである。沖矢もとい赤井は、ふむ、と顎に手をやって考え始めた。少年探偵団が通うという喫茶店を沖矢は知っていた。それもその筈である。依とは知り合いであるし、彼女の基本情報や身辺については諸伏から報告を受けていたから。まあその喫茶店とやらで珈琲を飲んだことはまだないが、いつかはちゃんとした客として行ってみたいと思っていた。コナンの話を聞くに、依が休業したのは、彼女に自分の殉職を知らせた4日後。同時に、2週間程前に諸伏からも彼女の失踪について連絡があったばかりだ。今は自分は動けないため、彼に動いてもらってはいるが、以前彼女の足取りは掴めていない。まさかとは思うが"奴ら"に目をつけられた可能性も捨て切れない。
「私もその方について探ってみますよ。案外、本当に海外に行っているのかもしれませんし」
「昴さん、依さんのこと知ってるの?」
「…ボウヤより少し詳しいくらいさ。彼女は我々の協力者だったからな」
「え…?」
「勿論一般人の域を超えてはいない。日本の公安でいうところの"仕込み玉"に近い関係だ」
「…」
「彼女には別の人間をつけていたんだが、その人物からも連絡が取れないと報告を受けている」
「じゃあ組織に目をつけられたってことは…」
「ないとは言い切れんが…過去似たようなことがあったが、本当に海外に行っていたこともある。もう少し探って様子を見るさ」
何か分かったら連絡する、そう赤井に言われてはこれ以上コナンが口出しすることは叶わない。表面上は穏やかな物言いだが、水面下では首を突っ込むなと明確に線引きされた形だ。調べる術を持たない自分は、ただ待っていることしかできないのだ。その事実は、自身に対する歯がゆさと焦燥感しか寄越さず、どうしようもない悔しさで唇を噛みしめた。そんなコナンの頭を、赤井の大きな手が撫でる。
「ボウヤは別の方面でサポートをしてくれ。依のことは我々が何とかする」
あわよくば、子供たちが悲しまない結果となることを祈るばかりである。