陰鬱なる曇

「…」

「松田さん?」

「ん、あぁ…なんでもねぇよ」

肘をついて睨むように外を見ていた松田さんを呼びかける。相変わらずサングラスかけているからあまり分からないけど、絶対何かを警戒してたような気がする。今はもう爆発物処理班に復帰したらしいけど、一度爆弾から離れてから何だかより刑事っぽくなった。だからだろうか。今みたいにピンと張りつめた空気を出されると、何かあるのではとこちらも緊張してしまう。

「何か気になることでもある?」

「いや…依、お前さ」

「うん?」

「いや、やっぱ気にすんな。それよりもう一杯くれ」

いやいや、言いかけっていうのが一番気になるんだけど。松田さんは教える気は無いようで、そのあとは黙って珈琲を飲むだけだった。彼が見ていた方向に視線を向けても、OLや会社員が忙しなく歩いている風景が広がっているだけだ。一体何を見ていたんだろう。うーん、と首を捻っていると鼻で笑われた。お前には教えねえってか。失礼にも程がある。

「そういえば最近萩原さんは?」

「お前毎回それ聞くな。俺があいつのこと全部知ってると思ったら大間違いだっての」

「え、でも親友でしょ?」

「別にそんな関係じゃねぇよ」

「それ萩原さんに言ったら絶対ショックで倒れちゃうよ〜」

「お前、萩原に毒され過ぎだ」

呆れ顔をされたところでタイミングよく別の客に呼ばれる。松田さんのおかわりを淹れ終えたところだったので、伝票と一緒に珈琲を置きゆっくりしていくように言ってその場を離れた。

***

伝票片手に別のテーブルへ向かった依の後ろ姿を見送り、松田は再び外を眺めた。そこに先ほど感じた違和感は消えてはいるが、随分懐かしい姿を見たような気がする。警察学校時代、ぶっちぎりで首席の座に座っていた男。卒業以来全く会っておらず、今でもどこに所属しているかは不明だ。まあ、不明というのが何よりの情報であり、薄々ではあるが検討はついていた。そんな人物をこんな場所で見かけるとは思っていなかったのだから、窓からその姿を捉えた時は懐かしさについ手を挙げようとしたのだが。その人が浮かべる表情に、松田でさえ身震いした。

「…相変わらず嫌な目ぇしやがる」

あれは獲物を捕らえる目だ。何かを追い詰める時に必ずと言っていいほど、対象に向けられる研ぎ澄まされた瞳。彼が見ていたのは間違いなく依だった。何がどうして、彼女が同期が属する組織の監視の対象になっているのかは知らない。非行歴もなければ身元もはっきりしており、警察にも協力的な依は善良な市民であると言える。自称平和主義者を豪語してる点から考えても、自ら危険に飛び込んでいくような人間でもない。寧ろ馬鹿正直で質問の切り返しも下手、思ったことは顔に出やすいので隠し事には向かないのだ。それも演技というなら、マカデミー主演女優賞ものだろう。

「…変なことに首を突っ込んでなきゃいいけどな」

「え?」

「何でもねぇよ」

戻ってきた依にもう一杯くれ、とカップを差し出すと目を開いて吃驚された。理由は何となく察したが、無言で追加を促す。渋々とカップを受け取った彼女は、いまだに心配そうに松田を見ていた。

「今日は随分乱暴な飲み方するんだね」

「夜勤だからな。できるだけカフェイン摂取しといた方がいいだろ」

「もう一杯飲んで、さらに持って帰るんでしょ?3日間は寝なくてもいいんじゃない?」

「んなわけあるか。冗談は顔だけにしとけ」

「あ、酷い」

やや拗ねたような口調ではあるが、依の顔には笑顔が浮かんでいる。いつも通りの軽いやりとりだ。警察は大変だねえと、のんびりした声に、心配しているのが馬鹿らしくなる。こいつを見張るのは時間の無駄だろうに、と内心失礼なことを考えつつ、慣れた手つきでドリップポットを傾ける依を眺めた。