肋骨が軋む

「風見、今から送る住所とそこに出入りしているこの二人を徹底的にマークしろ」

急に呼び出された日本橋の下、風見は背中合わせで己の上司と向き合っていた。降谷からそう依頼されるのと同時に己の携帯が震える。そこには米花町のとある住所と店の看板らしき写真がついていた。そして追加と言わんばかりに肩越しに渡された2枚の写真。一枚目は最近捜査線上に上がってきた一人の大学院生、もう一枚には浮浪者とも言い難い、妙な男が映っていた。一見どこにでもいるような男性にも見えるが、違和感がないことが違和感にも思えるようなそんな風貌をしている。そして偶然かどうかは定かではないが、2枚ともピントがずれておりはっきりとした表情までは確認できなかった。

「この二人は…?」

「今目をつけている喫茶店によく出入りする上、そこのマスターの周りによく現れる人物だ。一人は知っての通り、あの男の可能性が高い」

「もう一人の方は…?」

「そいつについてはまだ何も出てきていない。一度尾行したがまかれた。只者ではないことは確かだ」

「分かりました。できるだけこの二人に人員を割くようにします。降谷さんは…?」

「俺はその店の店長に接触する。見たところ若い女性だ、俺が直接赴いたほうがいいだろう」

「分かりました。下に伝えます」

「頼んだ」

降谷は自分の容姿を自覚しているし、安室透という仮の姿もある。見たところその店長は特に裏があるわけでもなく、どこにでもいる小娘のようであったし態々公安の人員を割くまでもない。自分が接触し、はやいとこ情報を引き出す方が効率的だと判断したのだ。風見達には今後の方針と店の周辺を見張ってもらうように伝え、すぐさま今度はもう一つの顔であるバーボンに扮するため、降谷はその場から足早に去った。



***



にこにこにこ。そんな効果音が聞こえてきそうな笑顔を浮かべた男性は、こないだ林檎を拾ってくれたイケメンである。できれば会いたくなかったし、会うこともないかと思ってたのに凄い偶然。米花町には其処彼処にスーパーがあるのに如何して出会ってしまったのか。いや、そんな偶然あってたまるか。

「この前は大丈夫でしたか?」

「ええ、まあ。というか、何故お兄さんは私と一緒にお昼ご飯を食べているのでしょうか」

じとり。目の前でパスタを上品にフォークで巻くイケメンに視線を向けると、一瞬キョトンと目を大きくした彼。1人で食べると味気なくて、なんて、お前は女子か!などと心の中でツッコミを入れる。それ以外にも目的があるのではと疑ってしまうのは、どうしたって彼があのウイスキーコンビと関わりがあると分かっているからだろうか。

「迷惑でしたか?」

「お兄さんみたいなイケメンを拝めるのは眼福ですが、周りの視線が痛いというか…」

さっきから横を通る女性陣がチラチラと彼と私を見ているのだ。ぶっちゃけ、あまり心地いい視線ではない。けれどそんなことは全く気にしていないのか慣れているのかわからないけど、お兄さんはそこから退く気配はない。そして聞いてもないのに、安室透と名乗って来た。ええー…これって私も名前を教えなきゃいけない流れだ。

「…依です」

「依さん、ですね」

仕方なく運ばれて来たパスタを同じようにモグモグする。それをやはり意味深な顔で見てくる。こう、なんていうかな、観察されてるような気さえして来た。すっごい食べにくいんですけどー…。油井さん、全然大丈夫じゃないよ、めっちゃ探ってくる。

「あの、安室さん」

「はい、何ですか?」

「何でそんなに見てくるかなと…食べにくいんですけど」

「すみません。貴女がとても美味しそうに食べるので、見惚れていました」

ぞわわと、鳥肌が立ち、引き笑いが溢れる。褒められられてない上、イケメンが時として放つ気障な言葉がどうにも苦手なのだ。この人頭大丈夫かなどと失礼なことを考えてしまった。家まで付いて来たらどうしよう。いや、それはないか。彼だって仕事あるだろうし、私に構ってる暇はないか。

「そうだ、依さん。僕と一緒に、コーヒー豆の卸業者を回ってくれませんか?」

「…何故私が?」

「実は僕も喫茶店でアルバイトをしているんです。店長と相談して新しい豆を仕入れることになったんですが初心者の僕だけでは心許なくて…依さん、喫茶店でバリスタをやっていますよね?」

パスタを巻いていた手が止まる。何故2回しか会ったことのない彼が、私の職業を知っているのか。油井さんの助言もあり、一気に目の前の人物に対して不信感が募った。私の表情が変わったことに興味深そうに片眉を上げた安室さんは、やはり笑顔を貼り付けたまま、机に肘を立てて両手を組み、更に続ける。

「やだなぁ、そんなに警戒しないでください」

「…」

「簡単なことですよ。依さんからコーヒーの香りがしますし、右手人差し指の第二関節にタコがある。指に何かを頻繁にひっかけていることの証拠です。そして手の甲や指先にある小さなやけどの跡。これらを総合すると考えられる職業は一つです」

「…私が単なる喫茶店のアルバイトの可能性もあるのでは?」

「それはありませんね。先程個々の店員が運んできた珈琲を吟味していたようですし、香りだけでどんな豆を使用しているのか分かったような表情もされていました。おそらくカップテイスターも兼任しているのでは?」

周りからしてみればノックアウトを狙った笑顔なんだけど、そこから見え隠れする冷たさを感じる。探偵みたいなやつだと聞いていたけど怖すぎる。この店に入ってからずっと私の行動を一挙一動監視していたのだろうか。イケメンでも趣味がストーカーとかモテないよ。せめてもの虚勢を張って、探偵みたいですね、と乾いた笑いをすると、彼もいい笑顔を返してくれた。

「ええ、依さんがおっしゃる通り、僕も私立探偵を兼任しています」

今は事情もあってある探偵事務所に弟子入りしているんだそう。その事務所が丁度アルバイトをしている喫茶店の上にあるとか聞いてもない話を中々切ることができず、帰るタイミングを盛大に逃した。流石は人の心理まで読もうとする探偵。彼の前ではプライバシーなんてあるようでないみたいだ。ただ働きはしたくないと駄々をこねてみたが、暖簾に腕押しだった。泣きたい。ちゃんとバイト料はお支払いしますなど見事に丸め込まれた私は、泣く泣く安室さんとよく出入りする卸業者へ向かう羽目になった。