「で?」
カウンターに手を置き、椅子から立ち上がる勢いの由美さん。その隣には我らがマドンナ美和子さんもいる。2人で仲良く来店してくれて、話にひと段落ついたと思ったらこれだ。何が''で?''なのか分からない私は、ドリップポットを傾けながらぽかんと口を開けてしまった。
「んもう!鈍いわね!松田君と萩原君のことに決まってるじゃない!」
「あ、決まってるんですね」
「ぶっちゃけ、どっちがタイプなの?」
ムフフと笑いながら女子高生みたいに恋話を語り出す彼女に、2度目のポカン。驚きすぎてお湯入れすぎちゃったじゃないか!ダメになった珈琲を流し台へ置き、新しいものを棚から取り出す。その間も、由美さんと美和子さんは目をキラキラさせて私を見ていた。つらい。
「え、えー…何の話かと思えば」
「しっつれいね!あんた、あれだけイケメンが通ってて何にも思わないわけ?!」
「由美、落ち着きなさいよ。依って何だかんだこういう事に疎そうだし」
「いや、美和子さんだけには言われたくないよ」
「何でよ」
不満そうな美和子さん。いや、この発言は私が正しいと思うよ。どれだけ捜査課の面々があなたに憧れてると思ってるんですか。由美さんもめっちゃ頷いで同意してくれている。美和子さんの周りも獣がいっぱいじゃないですか、と言えば益々眉間にシワを寄せられた。無自覚って怖い。
「美和子の話はいいのよ!どうせ警視庁で見られるしぃ?」
「ちょっと、由美!どういうことよ!」
「あれ、でも美和子さんって松田さんのこと気になってたんじゃ…」
「いつの話よ…今わね、年下の彼に忙しいの!」
「ちょっと、由美?!」
頬を染めて囃し立てる由美さんは相変わらずである。そんな揶揄いに真っ赤になって焦る美和子さん。捜査一課のアイドルたる所以が見えてご馳走様です。何でも、松田さんが爆弾処理班に復帰しその入れ替わりで入ってきたその人と、紆余曲折を経て上手いこといったらしい。頬を染める美和子さんなんてレアすぎて、たまには女子会で恋愛トークも悪くないと思ってしまう。告白はどっちからなんですか、と聞いてみたら睨まれてしまった。怖くないけどね。
「今はその後輩の方とラブラブなんですね!」
「そうなのよ〜!美和子の春って微笑ましいわよね。んで?キスはもうしたの?」
「お、教えるわけないでしょ!」
「真っ赤になっちゃってかっわい〜」
「依まで!」
二杯目の珈琲を2人の前に起き、今度は由美さんに視線を向ける。彼女は知らないだろうけど、由美さんの恋人である秀吉君とは知り合いなんだよね。結婚を申し込むために目標を設定したと言っていたけれどあればどうなったんだろうか。名人戦で防御失敗したあたりからここ最近、あまり音沙汰がないので聞いてみる事にした。
「由美タンは?」
「へっ?」
「その後秀吉君とはどうなの?」
「な、何であんたがあいつの事知ってんの?!」
「私、秀吉君とは高校の同級生なんだよね〜」
「はあ?!」
いつも余裕じみた顔をしている由美さんの驚きに焦る顔が見れて満足だ。私の口から出たまさかのワードに、美和子さんもここぞとばかりに反撃を開始。この前の名人戦は防御失敗で6冠になってしまったため、それが原因で由美さんの婚期が遠退いたらしい。どうしても7冠を取った後でプロポーズしたいんだとか。秀吉君、変なところでこだわりがあるからなあ。
「でも秀吉君と由美さんなら大丈夫ですよ。何だかんだ本気になった太閤は凄いですから」
「あんた、あいつの事よく知ってんのね」
「あれ、嫉妬です?」
「そ、そんなんじゃないわよ!」
くわっと目を見開いて否定されたけど、恥ずかしさが隠しきれてないことはほっぺたとか耳が赤いからすぐ分かる。恋する乙女はいいねえ、としみじみしながら食器を片付けていると、がしりと両肩を掴まれた。言わずもがな、由美さんと美和子さんである。1人だけいい逃げは許さないとその目が語っていた。怖い。
「依!逃げようったってそうはいかないわ」
「そうよ!散々私達のことを聞いたんだから、話してくれるわよねえ?」
「えー…話せること何もないよー…それにほら、仕事が…」
「私達以外誰もいないでしょ!」
「ほら、吐きなさい、依!」
「まさかほかに通ってるイケメンでもいるわけ?!」
「なんでイケメン限定なんですか」
「いや、だって依面食いそうだし」
「そりゃ顔面偏差値がいいに越したことないですけど…中身が一番大切ですよ」
「御託はいいわ!早く吐きなさい!」
女性の結束は怖い。そのこと実感しつつ、言われた通り萩原さんと松田さんのことを考える。2人ともいい人だしイケメンだし文句は全くないけれど、だからこそ自分が彼らとどうこうなるとか考えたことがない。寧ろそんなこと考える事の方が失礼に値するだろう。そもそも私が知らないだけで、あの二人も恋人いそうだし。そう正直に話すと呆れられた。
「はあ…あいつらも報われないわねえ」
「本当、依がここまでとは思ってなかったわ」
「松田さんも萩原さんも、手のかかる妹っていうくらいの認識ですよ」
「何年も通ってるのにぃ?」
「それこそ勘違いですよ。彼らは私じゃなくて珈琲を目的に通ってますからね」
私が淹れた珈琲を美味しそうに飲んでくれる彼らを思い浮かべて、胸の奥があったかくなった。ただ来てくれて、美味しいと言って珈琲を飲んでくれるだけでいい。それで私は十分幸せである。えへへと笑うと、由美さんと美和子さんが目を見開き、顔を見合わせる。そうして何だか表情筋が弛緩したゆっるい顔が向けられた。そのによによ顔、やめてくれ。