No.6
妥協事案

これの続き

「悪いね、なまえ。これがあたいらの仕事なんだ」

いつもの軽快さ溢れる声音とはまた違う、どこか冷たくて硬いAnyさんの声が通り抜ける。後ろからは物言わぬCoさんが、私を挟み撃ちするかの如くひたひたと近付いてきているのを肌で感じた。蛇に睨まれた蛙とはまさにこの事。何処か他にも隠れられるところはないのか。袋小路のこの場所にはどこへも逃げる場所などないことは分かっているのに、それでも諦めきれず、何か打開策はないかと必死に周りを見渡す。だってまだやらないといけないことは沢山ある。ここでくたばる訳にはいかないのだ。じっとりと濡れた手を握りしめて自分を鼓舞したものの、そんな私に与えられたのは無情にもAnyさんに向けられた銃口と、酷く残念そうに呟かれた彼女の言葉だった。

「恨むなら自分の詰めの甘さを恨みな、なまえ」

***

「なまえ、無事か?!」

バチュンッと潔い音が鳴って折角オレンジ色に染まっていた壁が真っ赤に変わった直後、何故か焦ったような赤井さん、油井さん、降谷さんが部屋へなだれ込んできた。壊れんばかりに扉を蹴破った3人に目が飛び出たものの、今はそれどころじゃない。さっきまでほぼ画面上はオレンジ色だったはずなのに、今ではその殆どが真っ赤である。その惨状をみて自分の戦術の甘さを嘆いた。まさか一発逆転で全てを持っていかれるとは。だからあんなに最初からホイホイ陣を張らされたのか。2人の陣地ホイホイ作戦に見事に嵌り、たった1発で潜れる場所と陣地を一気に減らした私はそれまでの余裕綽々が一転、取り戻せない位まで自分の陣地をロストしてしまった。ぎゃあぁあぁ!と嘆く私をべしっと叩いたのはハリセンを持った油井さんである。そんな小道具何処から出してきた。

「おっ前は…っ!!」

「え、何、3人ともどうしたの?あ、ちょっと待って今通信中だから珈琲飲みたければ自分で…」

「…この際力づくでも構わん。リビングに引き摺り出せ」

「ちょっ、急に来て何なん?!ちょっ、分かった!分かったから一旦ゲーム止めるから!!」

首根っこを掴まれこれはただ事ではないと振り向いたんだが、一瞬で振り向かなきゃよかったと後悔した。だって絶賛青筋立てまくり中な、日米警察組がものっすごい眼光で私を見下ろしているんだもの。背筋が凍るとか武者震いとかそんな生温いものじゃない。本気でトイレが間に合わないと思うくらいには怖かった。その中でも極悪人面筆頭の赤井さんが、無言で顎をくいっと動かす。あ、リビングに集合っすね、分かりました。取り敢えずゲームをしてる場合じゃない。彼らに従わないと身の危険を感じた私は、折角時間を作ってくれたAnyさんとCoさんに平謝りをしつつ、友人が来たから一旦落ちると連絡を入れた。

「なまえは何度言ったら分かるんだろうなあ?」

メーデー、メーデー。ただ今絶対零度の視線と声を受けて、私のSAN値がメリメリ音を立てて削られていきます。心優しい諸君、至急援軍を頼みます。足も痺れて動けません。誰か助けてください切実に。タコちゃんゲームからログアウトして1秒、私の許可なく部屋になだれ込んでいた3人によって、首根っこを掴まれてポーンとリビングに放られた。怖すぎて、そろそろ勝手に家に入るのやめてくれないとか文句いう気にもならなかった。そしてそのまま正座続行である。ちょっと意味がわからない。何で皆そんなにおこなの。

「…おい、聞いているのか?そろそろ俺たちの堪忍袋の緒が切れるぞ」

「聞いてますってば!堪忍袋なんて最初から切れてんじゃん!ねえ、せめて足崩していい?もう感覚がないよー」

「下手に出回らなくていいじゃないですか。毎日3時間正座してから出勤にしますか?」

「しません!鬼!」

正座する私を仁王立ちで見下ろす油井さんと赤井さんと降谷さんの3人組。頭上からの圧力に嫌という程の反省を強いられている。そろそろ本気で足の痺れが限界で、それを訴えるべく涙目を向ければ流石にやり過ぎだと思ったのか、漸く足を崩す許可が下りた。腫れ上がっているんじゃないかと思うほどビリビリしてるけど、一応見たところいつも同じ太さである。だからといって摩ってあげるにも、もう触れられたら悶えるやつだこれ。ひいひい言いながら何で3人ともこんなに怒ってるのか聞いてみた。

「…はあ、これも無自覚とはな」

「誰ですか、なまえから危機管理を消失させたのは」

「誰だろうなぁ…少なくとも前からじゃないのか?」

「酷いよ。というか結局何で?なんか漏れた?」

「この2人を知ってるな」

足が使えずのた打ち回る様をまるで珍獣でも見るかような目で見つつ、赤井さんが懐から2枚の写真を取り出した。そこに映っているのはどこかで見た2人だ。そう、ここ半年くらい前から常連となりつつあるゲーマーのお二人さん。ついさっきまでタコちゃんゲームでぼろ負けを強いられたお相手でもある。何だみんな知り合いなのか。全く世間は狭い。

「あ〜…たぶんAnyさんとCoさんだ。お知り合い?」

「それは俺たちの台詞ですよ。彼らとどういう関係なんですか?」

「常連になってくれたオンラインゲームのオフ友です。めっちゃ強いの!まじすごい!」

「誰彼構わず常連客にするのも友好関係を築くのもやめろ」

「いやいや、喫茶店なんだから無理だよ。気に入るかどうかは私の判断じゃないし…それに共通の趣味があったら語らないなんて選択肢はない!」

「なら今からでも遅くありません。なまえさんの安全のためにもこの2人を出禁にしてください」

「私の身を案じてくれるのは嬉しいんだけどね、降谷さん。今更入れられませんなんて言ったら、私の額に第三の目が開いちゃうと思うんだ」

「ならその前に相手の眉間に第三の目を開けば問題ねぇな」

「ヤダ油井さん、珍しく乱暴!」

「油井、茶化すな。なまえのペースに乗せられたらあの時の二の舞になるだろう」

「…ほんと、こいつ何でこんなホイホイなんだよ」

「人を指差しちゃいけないって習わなかったかなあ、油井さんは」

それにほら、面倒ごと起きなきゃそれでいいじゃない。そう開き直ったら3人分の拳骨をもらった。痛すぎる。のび太くんもびっくり、流星群が瞼の裏に見えたよ。というかそもそもだ。ギンさん、ベルさん、グラさんの時も思ったけど、私が日米警察組と知り合いじゃなかったら、お店の常連メンバーに国際組織の一員がいるなんて知り得なかった情報じゃないか。つまり何が言いたいかっていうと。

「全ては俺たちのせいだと?」

「赤井さん、エスパー!」

「なまえの顔を見れば、考えている事は何となく分かる」

「うわぁ…そんなに私が好きなの?赤井さん」

「寝言は寝て言え」

「ひっど!どう思う?油井さん」

「赤井と同感だな」

「不本意だが俺もそう思います。一層のこと、もう一度寝て起きてみますか?」

「いつも通り味方がいない!」

大げさにこの世の終わり、みたいなポーズを決めてみたけど冷たい視線が帰ってきただけだった。萩原さんなら少なからず乗ってくれるのに。けれど清々しいくらいの四面楚歌だけどもう慣れたもんだ。取り敢えず、もうすぐ約束の時間だから説明と説教はマッハで終わらせて欲しいと訴えると、反省していないことを理由に正座の刑が再開された。やめてほしい。その上3人ともお店に張り付くだなんて言い出すものだから全力で阻止した。お店でどんぱちやられても困るし、折角Anyさん達と仲良くなったのに彼女達の足が遠のいてしまうのも嫌だ。私にとっては大切なオフ友なのだ。そこは譲れない。そう態度で示せばこれ以上の追求も説教も、暖簾に腕押し状態だと判断したのだろう。無言で赤井さんが部屋から出て行ったかと思うと、ゲーム機を持って戻ってきた。やめて、そんなに乱暴に扱わないで。あぁ!コードが絡まってる!!そうして彼らの要求という名の脅しに負けて用意したのは、何の変哲もないタコちゃんフィールド。その間にも部屋には何人かスーツの人が出入りして、大層仰々しい機材が運び込まれていた。これ、よく刑事物のドラマで見るやつ。逆探知とかするやつや。

「ではなまえさん、手筈通りに始めてください」

「突然のGOサイン。いや、ちょっと本気で意味が分からない…」

「意味なんて分からなくていいんです。言っても理解できないでしょうから」

「ゼロ、いくらこいつの頭が鳥だからって言い過ぎだ」

「油井、お前が1番酷いぞ」

「みんな酷いから。赤井さんも何やれやれみたいな目で見てるの」

「まあこの際、頭の賢さはどうでもいいんです。期待していません。なまえさんはいつも通りゲームを楽しんでくれれば、後は俺たちが数秒でケリをつけますから」

降谷さんが黒かったのは肌だけじゃなかった。笑顔もこんがり焼けている。黒い笑顔ってこんなんなんだ。そうしてあれよあれよとAnyさん達に連絡を取らされ、彼女達もまだゲームがしたりなかったのかすんなりと私が用意したフィールドにログインをし、4人対戦という形で縄張りの奪い合いのコングがなった。心配してくれた二人に、かくかくしかじかと、知り合いにお店に変な客を増やすなと怒られた事を伝えるたところ、何それウケると笑われた。笑っていられるのも今のうちだよ、Anyさん。今狙われているのは貴女です、なんて言えたらどんなにいいか。横からひしひしと感じるなんとも言えない気配に冷や汗を流しつつ、もうどうとでもなれと天を仰いだ。

『はあああ』

『あん?何だい、溜息なんて吐いて』

『疲れてるなら、無理は良くない』

『ううん、ちょっと心配性の知り合いがね〜』

ポンポンと画面に浮かぶ文字。声出しNGという油井さんからの依頼で、チャット画面にて連絡を取り合っている。まあ、声聞いたら分かっちゃうこともあるからね。何も知らない彼らは特に警戒もせずに私と談笑を楽しんでくれている。ああああ、なんか騙しているみたいで本当に申し訳ない。横からひしひしと感じるなんとも言えない気配に冷や汗を流しつつも取り敢えず言われていたフィールドを準備したし、あとは2人の許可を取るだけである。ちらっと横を見れば無言で頷かれたし、もうここまで来たら私に逃げ道はないのだ。

『えーと…今度は私の友達も一緒なんだけどいい?とは言ってもまだタコちゃんは初心者なんだけど』

『これは人数が多い方が楽しいからねェ。あたいは構わないよ』

『俺も』

『ありがと〜!えっとコマンド名は赤ずきんちゃんです。タコちゃんは初めてなんだけど、さっき教えたらそれなりにセンスがあったのですぐに戦力になるはず』

『どうぞよろしく』

教えた操作方法を僅か数分で会得した赤ずきんちゃん、もとい、油井さんがぽちぽちとコントローラーをいじる。何でコマンド名をかわいらしいものにしたのかよく分からない。その横ではたいそうなPCを用意して画面を食い入るように見つめる降谷さんと赤井さん。二人ともそんな熱心にヘッドフォンを耳に当てなくていいんじゃないのかな。すごい速さでタイピングしている2人は、ネトゲ廃人さながらである。きっと相手の2人の位置情報を取ろうと必死なんだろうけど、今はゲームを楽しもうよ。

『えーと…そしたら私と赤ずきんちゃんでまずはチーム組んで、大丈夫そうだったら回していく感じでいいっすか?』

『如何様にも』

油井さんの入力を見て、あんたそんなキャラじゃないだろうと内心ツッコミを入れたものの、取り合えずスルーすることに決めた。触らぬ神に何とやらってね。

『あたいらもそれで問題ないよ』

『んじゃあ始めまーす!Anyさんたち、モードは何がいいですか?』

『赤ずきんは初心者だし、無難にナワバリでいいんじゃないかい?』

『俺もそれでいい』

『では、それでお願いします』

『はいはーい!んじゃあ、始めましょっ!』

ぽっちっとな。スタートボタンを押せばすぐにカウントダウンの数字がゼロになる。途端に飛び出すAnyさんとCooさん。私も負けじとローラーを使って塗り始める。最近のゲームはやったことないと言っていた油井さんは、らんらんにその瞳を輝かせながら画面を食い入るように見つめていて、何だが見ちゃいけない彼の一面が見えた気がした。

「おらぁああぁ!!!」

「あ、油井さんダメだってば!そこ出ちゃうと…あぁー!!言ってるそばから!」

「光!仕事をしろ!たかがゲームに本気になるんじゃない!」

「ちょっと降谷さん!今の発言は聞き捨てならな…ぎゃ!罠!!」

「貸せ、油井。俺が敵を討っておく」

「赤井ィィィ!お前もか!」

あんなに殺伐とした空気から一転、いつのまにか単なるゲーム大会になるなんて誰が想像しただろう。猪突猛進とばかりに突っ込んでしまう赤ずきん事、油井さんのプレーを見てAnyさんが爆笑しているであろう姿が容易に浮かんだ。そうして任務そっちのけでゲームに夢中になってしまった油井さんを止めるフリして参戦しようとする赤井さんと、さらにそれを阻止しようと躍起になる降谷さんで一悶着となるのは、また別の話である。


title by 骨まみれ



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