No.5
親愛なる退屈へ

私の趣味の一つにゲームがある。戦闘系、RPG、音ゲーも勿論好きだ。最近ではオンラインでも対戦できるし、VRでもできるというのだから驚きだ。様々な種類の中、ここ最近のお気に入りがシューティングゲームであった。全然初心者である私は暇な時を見つけてオンライン対戦の設備があるゲームセンターへ足を運んでいたのだが、今日はなんと先客がいるではないか。ギターケースみたいな細長いバッグを背負い、短髪にウェーブをかけた女性。コントローラーの持ち方が常人とはかけ離れていて、あ、この人絶対できる人だと直感した。邪魔にならない程度に後ろからスコアをのぞき込むと、なんと超難関にも関わらずパーフェクト。てかちょっと待って、アカウント名がだいぶ見覚えがあるんだけど。数々の大会でタイトルを総なめにしてる人と同じである。え、米課長の人だったの。てっきり外国の人かと思ってた。友達になりたい、あわよくば上達のアドバイスをもらいたい!という一心で考えるよりも先に声をかけてしまった。

「え、あ、あの!」

「あん?何だい、あんた」

VRを外し架空のライフルを戻して振り返ったその人は、不愉快そうに片方の眉を挙げて私を睨んだ。右目の目元にキュートなアゲハチョウが羽ばたいている。現役のスナイパーを思わせる眼光の鋭さに一種運弱腰になったけれど女は度胸だ。生唾を飲み込んでからもう一度話しかける。

「もしかしなくても、あのAnyさんですか?!あの、有名なシューティングマスターの…」

「…あんた、あたいのこと知ってんの?」

「やっぱり!ファンです!握手してください!!」

その言葉に何度も頷いた。道端で芸能人に会うよりも嬉しい。テンション高めな私にAnyさんは若干引き気味っぽいけど何のその。あこがれの人に会えた喜びはひとしおで、体の中にとどまってはくれないのだ。バッと出した右手を凝視した彼女は、一瞬ためらいつつもちゃんと握手してくれた。ほっそりとした白い手は想っていたよりも厚みがあり、どことなく職人を思わせた。というか眼光の割には優しい。睨まれた時は本当に殺されるかと思ったけどますますファンになっちゃう。

「ああああの、よければお話したいです…!というか友達になってください!」

「…ぷはっ!あたいなんかと友達になりたいなんて、あんた変わってるねェ」

「そんなことないですよ!いつも動画見てます!あ、日本語お上手ですね!」

「動画…あぁ、あいつが上げてるやつか…日本語出来ないとこっちじゃ仕事になんないからさぁ」

「そうなんですね…慣れない土地でお疲れ様です。Anyさんの動画見て私もシューティング始めたんですよ。思ってたよりも楽しくて嵌っちゃいました」

「へえ…あんた才能あるかもよ」

「まじでか」

「ちょっと見せてみなよ。そっち空いてるから使ってさ」

「え?!いや、でも私めっちゃ下手ですよ?スコアヤバすぎて笑われたことあります」

「こんなの慣れさ。ほら、構えな。見てやるよ」

ほらほらと言われて構えて隣に立つ。うわあ、有名人の隣でシューティングとかやばい。鳥肌もんだ。同じように銃を構えるAnyさんはもう何だが凄すぎて私の語彙力では凄さを言い表せない。感じてくれ。そんな人と一緒にプレーするどころか初心者丸出しな私に手取り足取り教えてくれるとかもう神か。あ、神だったわ。何回かプレーして私の出来なさにお腹を抱えて笑いつつ、また教えてやるよと言ってくれた。彼女はこれからお仕事らしい。お礼というお礼ができなかった上、このまま二度と会えないとか勿体無さすぎる。だのでお礼は珈琲にしようと、喫茶店をやっていることを伝えると、嬉々としながら頷いてくれたのでとびっきりの一品を用意しようと硬く決意した。

「今度行ってやるよ、あんたの喫茶店。とびっきりのヤツ用意しときな!」

「是非是非!いい豆を仕入れて待ってます!」

硬い約束と握手、それから喫茶店の名刺を渡してその日は別れた。因みに私の移動手段はスクーターなんだが、Anyさんの愛車は青いスポーツカーだった。かっけェ。

彼女と約束を交わしてから一ヶ月。待てども待てどもAnyさんはお店に現れず、やっぱりあれはリップサービスだったかと思い始めた今日この頃。ベルが鳴るたびに扉へ期待の眼差しを向ける私を、何だ恋か?などと揶揄する油井さんにあっつい珈琲を淹れて黙らせるのもそろそろ飽きてきた。はぁ、と物憂げにため息を吐くと、それまで揶揄っていた油井さんも私が本当に落ち込んでいると察したらしい。あまり気に病むなとよく分からないアドバイスをしつつ帰っていった。やっぱりリップサービスだったのかなあ。仕込みをしつつ、再び鳴った扉にいらっしゃいませ〜と振り向いたその視線の先には。

「待ってましたよおおおおお!」

「キャハハハ!随分と待たせちまったみたいだね」

私の目の輝きを受けて彼女の短い金髪が揺れる。細長いリュックみたいなものを背負って入り口に立って居たのは、恋に焦がれたAnyさんである。飛びつきたい衝動をぐっと堪えて、カウンターの席へと案内した。へえ、と物珍しそうに店内を見回しながら席に着いたAnyさんに、早速メニューを手渡す。あんた、あたいのこと大好きかよ、とまた笑われてしまったがなんのその。珈琲はストレートよりも甘いラテやモカ、カプチーノが好きらしい。ふわっふわに泡だてたミルクを乗せたカプチーノを出してあげたらめっちゃ喜んでくれた。飲んだ後にできた真っ白なおひげも可愛いよ、Anyさん。もっとラテアートの勉強をしておくね。ベースである珈琲もいたく気に入ってくれたようで、それから2ヶ月に1回くらい顔を出してくれるようになった。

「今日はあたいの相棒も連れて来てやったよ。最近どこに行くのか知りたがりでねえ」

今日も今日とて、細長いものを背負って喫茶店に来てくれたAnyさんを笑顔で迎えると、その後ろに寡黙そうな丸いサングラスの男性がいた。明るい彼女とは正反対の、自己趣味に没頭してそうな印象を受ける。あ、勿論いい意味でだよ。興味のあることに黙々と身を投じているタイプ。暗めな人なんて思ってない。

「Anyさんいらっしゃーい!そして相棒さん、初めまして。店長のなまえです」

「…ここ、喫茶店」

「そうですよ〜珈琲専門の喫茶店でごわす」

真剣にメニューを見始めた彼に、何か好んで飲んでいる豆はありますか、と聞くとそんなにこだわりはないと仰せである。因みに相棒さんの名前はコーさんというらしい。Coと書いてコーさん。まんまやんけ、と思ったのは内緒。いつもAnyさんとゲーム動画を上げてる仲間らしい。

「あ!あのCoさんですか!握手お願いします!」

「キャハハハ!相変わらずだね、なまえは。ほら、あんたも恥ずかしがってないで握手してやんな」

「……よろしく」

「わーい!よろしくお願いしますー!」

おずおずと出された手を掴んでぶんぶんと振る。しっかりと厚みがあり、硬い掌。成る程、この辺のマメはコントローラーを握っててできたやつですね、分かります。ゲーマーあるあるですね。

「豆は今日の朝仕入れてきたのでどれも新鮮ですよ」

「なまえの腕がいいからね。ここのはどれ飲んでも正解だから安心しな」

「…」

Anyさんは今日はカプチーノにするそうだ。これは鍛えあげたラテアートをお見せする絶好の機会である。よし、彼女のお目目に止まってる揚羽蝶でも描いて差し上げよう。じーっとメニューを見ながら考えていたらしいCoさんは、決めたとばかりに顔を上げた。

「…俺、エスプレッソがいい」

「了解ですん」

エスプレッソとカプチーノであれば、少し豆の配合とローストを変える必要がある。ちょっと時間がかかることを伝えると、今日はもう仕事が終わったからいくらでも待つと言ってくれた。午前中で終わる仕事って何してるんです?夜勤ですか?

「不定期な仕事なんですか?」

「そんなもんかねェ…あたいらの仕事は時間あんまり関係からさ」

「俺、暗い方が好き」

「そーかい。あたいはイッちまえるならどっちでもいいさ」

「…?大変なんですね」

仕事もして、ゲームもしていつ寝てるんだろう、この人達。流石外人なだけあってタフですね。最近オススメのゲームとか、珈琲受けのリクエストを募っていると漸く焙煎が終わり、いい香りが店内に漂い始める。Coさんは鼻がいいのか、スンスンと匂いを嗅いではソワソワし始め、なんだか待てされてる犬に見えた。お待たせしました!と2人の前にカップを置く。其々香りとラテアートに感嘆しつつも、カップを持ち上げるのが同時で、成る程相棒も言葉だけじゃないのかと納得。

「上手く描けるもんだねェ」

「………美味い」

「えへ、それほどでもあります!」

「おやおや、謙遜はどうしちまったんだい?」

「褒め言葉を素直に受け止められるのが、私のいいところなんですよ!」

「…世辞もあると知っていた方がいい」

「Coさんは厳しいなあ」

私の言葉に鼻で笑った彼は、そのまま静かにエスプレッソを楽しみ始めた。香りを楽しんだあとはゆっくりと舌の上で転がして味わうという、ツウな飲み方をしている。さすがです。それを横目にAnyさんと他愛もない話をしつつ、他の注文を捌いていくことにした。そうしてまた一人、紹介という形で常連さんが増えていくことになる。それでも特に問題も起こすわけでもなく珈琲を愛でてくれる上、常連が増えたところでお店には嬉しい効果しかないのだが。Coさんに至ってはエスプレッソがそんなに気に入ったのか、Anyさんよりも頻繁にお店に来てくれるようになった。聞けば本場イタリアにも負けないお味らしい。やったね。

「あ、Coさんいらっしゃい。今日はひとり?」

「…ん」

「じゃあカウンターへどうぞ〜」

「…エスプレッソ」

「はい、承知してますよ〜」

焙煎したてですと豆を見せると、ほわっと表情が和らいだのでちょっとかわいいと思ってしまった。無口だから会話に困るかと思えば、質問をすればちゃんとまともな答えも返って来るし、逆に質問をしてくれることもあるので、最初に感じたちっぽけな不安はものの数秒で消え去る。その後、2人が最近発売された某ゲーム、陣地取り合戦にもハマっていると知った私は、勿論彼らとのオンライン対戦を楽しむために、それぞれのアカウント名をゲットしたのはいうまでもない。そしてこれがまた一波乱起こすとは、この時は思ってもみなかった。


title by 骨まみれ


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