「おー早いな」
「先に来てる油井さんに言われたくないけどなあ」
待ち合わせ場所である、公園のベンチに先に来ていたらしい彼は、片手を上げて来い来いする。スーツ姿でも潜伏生活用の姿でもない油井さんを見るのは久しぶりだ。私服といえどあんまり見たことないし、常に着ていたモッズコートしか思い浮かばないけどね。今日はちゃんと本人が見立てた私服らしい。細身のジーンズにラフなTシャツを羽織る姿は、降谷さんほどでもないけど目に痛い。え、なんで私服で出歩くのかって?デートだからだよ。私もこんな関係になるとは思ってなかったから吃驚だよ。油井さんは公安だしデートらしいデートもできないけど、時々こうやってお昼ご飯に付き合ってくれるので、ちゃんと時間を作ってくれてると思うと嬉しくなる。ちゃんと想われてるなあ、なんて。
「何か食いたいもんある?」
「ん〜イタリアンとか?最近ピザ食べてないから食べたい」
「カロリー高いの食ってる割には太らねぇな、いろいろ」
「ねぇ、今どこ見た?どこ見たの?」
ちらっと向けられた視線がどこを見てたかなんてすぐ分かる。全く男っていうのはどうしてこうも素直なのか。さっきのほっこりした気持ちを返せ。ちょっと憤慨しつつ、隣に腰掛けながら油井さんが操るスマホを覗き込む。隠さないということは完全プライベート用のものなんだろう。ちゃんと要望通りにイタリアンカフェを検索してくれているらしい。ここなんてどうだ、と示されたお店は、何時ぞやお店に来る女子高生の話題に上がっていたイタリアンカフェであった。
「あ!ここ知ってる。美味しいって真純ちゃんが言ってた」
「赤井の妹が言うなら間違いないな。よっしゃー、行くか」
「おー!」
お手をどうぞ、なんて気障っぽい事を言いながら差し出された油井さんの手に己の手を重ね、あら、ありがとなんて気取って言いながら立ち上がる。人間ナビでもある彼に任せておけば、迷うことなく目的地に行けるので何も怖いことなどない。歩いてる最中そっと腕を取られて車道側から歩道側へポジションチェンジ。うーん、淀みなくスマート。手はポケットに入れられてるけど、微妙に腕と身体に距離を空けているのはいつでも私が腕を組めるようにという油井さんなりの配慮らしい。今日も誘われるまま左手を滑り込ませる。ちなみにこの配慮を知ったのはごく最近である。並んで歩いていたある日、微妙な隙間が気になって悪戯に腕を通してみたら抜けないようにぎゅっと脇を締められたのだ。嬉しそうにしていたのでなんとなくそのまま居たのだけど、それ以来私の腕が通る隙間が作られるようになった。まあ、微妙な広さだから全く気づかなかったし、察しろって無理でしょ。ぴこぴこと腕を物言いたげに振るそぶりを毎回見せられて、漸く油井さんが言わんとしていることに気付いた次第だ。
まあそんなことは置いといて、電車とバスを乗り継いで着いたのは、"siffanto"という米花町から少し外れにあるカフェ。ランチセットのコスパがよく、かつ味も申し分ない。何よりプラス300円でドルチェが2種選べるというから、スイーツ女子が黙っていない。本場イタリアで修行を積んだ店主もダンディで、それを目当てに来る女性も多いのだとか。休日は2時間待ちになるのだが、平日ということもあり人は疎らで直ぐに席につくことができた。
「へえ、結構メニューが充実してんなぁ」
「ほんとだね。あ、このピザめっちゃ美味しそう。油井さんのおごり?」
「給料日未だ先だから割り勘で。あ、俺プロシュート食べたい」
「安月給乙です。私パテがいい。取り敢えず食べたいの頼んじゃうけどいい?」
「ああ。残ったら俺食べるし好きなの頼めばいいんじゃね?」
其々好きなものを注文して商品が運ばれるのを待つ。そんな中、視界の端に見慣れたようなものが見えた。何だろうと顔を上げるけど普通にご飯を食べているお客さんばかりだし、虫がいたわけでもない。油井さんを見ても不思議そうに首を傾げるだけである。気のせいだったかな。
「どうした?」
「んー…なんかこう、視界がわしゃってなった気がしたんだけど…気のせいだったみたい」
「…ふーん」
油井さんはそう言いつつ納得してない顔でちらっと店内を見回したけど、異常はなかったのかすぐにいつも見ている柔らかい表情に戻った。一瞬だけだったけど、普段とは違うキリッとした油井さんを見れて、あぁ仕事中はこんな顔をするんだな、と新しい発見があった。見たことない表情にちょっとドキッとしたなんて言ってあげないけど。そうこうしてる内に、前菜とサラダ、パスタが運ばれてきて、その美味しさに舌鼓を打つ。やばいめっちゃ美味しい。これでこの値段とか、ここの店主は神か。
「美味しい〜!!」
「なまえは本当に美味そうに食うよなぁ」
「そう?あ、ボンゴレ一口ちょうだい」
「ん」
「…いや、あの…いいよ、自分のフォークでとるし…」
一口大にフォークに巻き付けたパスタを出されて固まる。こんな人の多い場所でとか油井さんは私を恥ずかしさで殺す気なんだろうか。そもそも二人でご飯食べてる時だってこんなことしないじゃん。なんなの、急にどうしたの。自分でとろうとそっとフォークを伸ばせば、いい笑顔でお皿を引かれて届かなくなる。意地でも食べさせる気らしい。終いには長い腕を伸ばして口元まで近づけてくる始末だ。ここは恥を忍ぶしかないのか。周りの目が向いてないことを確認してからおずおずと口を開ける。程よく塩味の利いたソースとオイルが絡んだそれは確かに美味しいはずなんだけど、残念ながらあまり味を楽しめなかった。それでも嬉しそうににかっと歯を見せた油井さんに悪い気はしない。恥ずかしいけどね。もぐもぐと咀嚼し、感想を言おうと口を開いたとき、急に隣の椅子が引かれてドスンと乱暴に誰かが座った。
「ちょっと、さっきから随分見せつけてくれてるけど…アンタ、ボクのなまえに何してんの?」
「おー赤井妹、久しぶりだな」
「真純ちゃん?!学校は?」
わしっと肩を抱かれて引き寄せられる。いつもは天使みたいな可愛さで私を慕ってくれるのに、ちょっと声に怒気が含まれているのは何でだろう。さっき見えたのは彼女の特徴の一つでもある猫っ毛だったらしい。いやいやいや、ちょっと待って。何で高校生である彼女が平日の真昼間にこんなところにいるんだろうか。いくら何でも高校抜け出してここまでお昼を食べに来ないはず。脳内プチパニックを起こしていると、パタパタと店内を走る音が聞こえて、席の横に立つなり謝られた。
「ちょっと世良さん!ごめんなさい、お二人の邪魔をするつもりはなかったんですけど…」
「蘭〜いいじゃない。あんたもニヤニヤして見てたし、大方新一君とのデートで参考にしようと思ってたんじゃないの?」
「ちょっ…園子!」
「デート?園子君、今デートって言った?!」
「い、言ったけど…そ、そんなに驚かなくても…」
「なまえ!!ボクは認めないよ?!秀兄なら辛うじて認めるかもしれないけどこんなどこの馬の骨かもわからないやつなんて…!」
「…一応、俺も赤井とは知り合いなんだけどな」
突然の現れた蘭ちゃんと園子ちゃんに頭がついていかない。何で女子高校生組がここに。最近のJKは学校さぼってエンゲル係数上げることも厭わないんだろうか。単位取れなくても知らないよ。おどおどしながら学校はと聞けば、今日は創立記念日でお休みだと教えてくれた。理由は分かったんだが真純ちゃん、肩に指が食い込んでるよ、もう少し優しく掴んでほしいな。落ち着かせようと言葉を発しようと思うも、彼女の形相には鬼気迫るものがあって何も言えなくなる。油井さん、笑い堪えてないで助けてほしいんだけどな。何事かと寄ってきた店員さんが、ここも使ってくださいと気を利かせて横のテーブルを片付けてくれた。うわあ、ごめんなさい。蘭ちゃん、園子ちゃん、そんなキラキラした目で私を見ないで。店長さんも生暖かい目で見ないでください。穴掘って入りたい。
「何かすみません…でも意外でした。なまえさんがいつもより可愛くて…」
「お二人はどうやって知り合ったんですか?!」
「君たち、そんなこと聞いてどうするのさ!ボクのなまえが盗られそうなんだよ?!」
「いや、あんたのじゃないでしょ…」
「ちょっ、真純ちゃん落ち着いて!」
「ふはっ…3人とも元気がいいなあ」
その余裕は何ですか、油井さん。くつくつと笑う彼はやっぱり何処か余裕そうで、園子ちゃんは余所行きスマイルに目をハートにし、蘭ちゃんは歳上の余裕というか器の広さに目を輝かせ、真純ちゃんはより一層不機嫌さを露わにした。私は青くなるばかりである。よりにもよって三度の飯より恋愛が好きな高校生に見られたのだ。この後お店に来られたら絶対質問攻めにあうのが目に見えている。明日からおてんとう様の下を歩けない。恥ずかしい。よし、3日くらいお店を閉めよう。
「なまえ、どうして彼なんだ?!」
「真純ちゃん、落ち着いて、ね?」
「おいおい、そんなに俺が気に食わないか?」
「あんたは黙ってなよ」
「おお、こわ…」
おかしいな、真純ちゃんは女の子のはずなのにテーブルを挟んだ二人が修羅場すぎる。ちらっと2人の女子高生に視線を投げれば私の思考を汲み取ってくれたようで、彼に向けて差し障りのない質問を始めてくれた。油井さんの相手は蘭ちゃんと園子ちゃんに任せつつ、今にも噛みつきそうな真純ちゃんの説得にかかる。そんなに私が好きか、可愛い妹よ。
「真純ちゃん、黙っててごめんね」
「…別にそれはいいよ。でも何で秀兄じゃないの」
相手が秀兄なら姉妹になれたかもしれないのに、そう言って口を尖らせる真純ちゃんの何と可愛いことか。この子は本当に慕ってくれているんだなあと感動しつつ、よしよしと頭を撫でる。彼女の思いは嬉しいけれど、こればっかりはどうしようもない。タイミングとか色んなものが重なって、気付いた時にはもう油井さんに心が向いていたのだ。無理矢理納得してもらおうとは思うけど、ちょっとずつ理解をしてくれればと思う。理解はできるけど納得できない、そう思ってることがありありと表情から読み取れて、分かりやすいなあと笑いが溢れてしまった。それに益々頬を膨らませる真純ちゃん。
「真純ちゃんはいつだって私の可愛い妹だよ」
「そ、な、…な、撫でたって認めないからな!」
「ふふ。うん、ゆっくりでいいからね」
「…もしこの人に何かされたらボクにちゃんと言ってくれ!アメリカでもイギリスでも連れて行ってあげるから」
きりっとした表情で男前発言をもらって、きゅんと胸が高鳴った。油井さん相手に一歩も引かない真純ちゃん、尊い。この子が男の子だったら出会って3秒で恋に落ちてた自信がある。思わず両手で口元を押さえて彼女を見つめてしまった私に、油井さんがすかさず待ったをかけた。そんな私たちを目をキラッキラにしながら見つめる女子高生達。うん、少しは面白がっている雰囲気隠そうか、園子ちゃん。
「残念だがその機会はないぜ、赤井妹」
「あ"?」
「なまえを喜ばせることしか俺の人生設計には入ってねーから」
「はあ?!油井さん、何言って…!」
「ふーん…笑いながら随分簡単に言うんだね」
「それだけ自信があるってことだな。てなわけでなまえ、お前の残りの人生もらうつもりでいるから覚悟しとけよ」
牽制を笑顔に乗せる油井さんと響き渡る阿鼻叫喚。いや、そんなおどろおどろしいものじゃないし叫んだわけでもないけど、持っていたフォークがいつの間にか手から滑り落ちて蘭ちゃんに大丈夫ですかと肩を揺すられるくらいにはたっぷりと時間が空いて、次に襲い来るのはぶわあああっという羞恥の音といたたまれない感情。残りの人生がほしいだと?ちょっと待って、ごめん、色々すっ飛ばしすぎてついていけない。蘭ちゃんが返事はどうするのかと急いてくる。返事ってそんな。気が早いというか何でこの雰囲気で言うの、油井さん。証人がいたほうがいいと思ってとかそんな言い訳許すとでも思っているのだろうか。周りからちらほらと聞こえてくる拍手に耐え切れず、はくはくと呼吸ができない魚みたいに口を開閉しもう何も見たくないと両手で顔を覆う。ぐるぐると回る思考の中、店員さんが止めとばかり何やらチョコペンで文字が書かれたドルチェを持ってきた。もう絶対このお店に来れない。
「おめでとうございます!!こちらはお二人へシャフからのささやかなプレゼントです!」
「お、やったななまえ!」
「よくない!」
title by 夜途
- -
*前次#
BACK TO LIST