3.

「点呼ー。1ー」
「ブイー」
「以上ー。ここどこ?」

イーブイが飛びつき、暗闇に飲まれ、気を失い、気付けば変わらず真っ暗なまま。但し身動きが全く出来ない。金縛りの様な物ではなく、何か狭いところに入れられて立たされているらしい。
飛び込んできたイーブイを左腕に抱え、その手にはイーブイが咥えていたウエストポーチが握られている。
右手は自由に動くので伸ばそうとするが、直ぐに壁にぶつかる。ペタペタと触ると、どうやらほんとに閉じ込められているらしい。押してもビクともしない。

「なんかの箱っぽいけど…イーブイ、音とか聞こえる?」
「ブイー…ブイ!」
「聞こえるかぁ。て事は外に誰か、もしくは何かがいる訳だ。何者だろうねぇ」

ここで忘れてはいけないのは、ユウはバトルが苦手である。それは傷つけるのが嫌とかも多少はあるが、もっと単純なものだ。
ユウは、細かく考えるのが苦手だ。
相手が何を考えてるか、この手を使った場合どうされるか、他の手段とどちらが効率的か。そういった無数に存在している可能性を分析して考えることが苦手だ。
やられる前にやる。行き当たりばったり。信じられるのは己とポケモンの力。そう、力イズパワー。それがユウのバトルスタイル。
人はこれを脳みそ筋肉、略して脳筋と言う。

つまりこういうことだ。

『開かぬなら 開けて見せよう 力技』

「こ………たら…奥のt」
「でんこうせっか!!」
「ブイッ!!」
「ふぬ゛ァ!!?」
「…うん?今、何か喋ってた?」

勢いよく扉が開き、ガシャアァンッ!と大きい物音にハッと意識が現実に戻る。蓋を開ける為に放った技だが、何やら奇声のような悲鳴が聞こえた。その技を放ったイーブイも手応えを感じた後にコテリと首を傾げている。
開かれた所から出ると、入っていたのは棺らしい。周囲にも複数の棺が浮いている。そしてユウとイーブイが入っていた棺の真向かいには少し傾いている大きな鏡があり、そのすぐ下には、ねこ系なのかたぬき系なのか分からない灰色の生き物が倒れていた。
ウエストポーチを腰に付けながらユウが近付いてみる。気絶しているらしいその生き物はしっぽの先がフォーク状で、耳に青い炎のようなものが燻っていた。

「新種のポケモンかな?」
「ブイブ?」
「うーん…ここが所謂、お父さんが言ってた憶測の"反転世界とは別の異世界"なら、知らないポケモンがいてもおかしくないよね…」

しゃがみこんで、気絶しているその生き物を抱き上げる。でんこうせっかはレベル差が無い限りそうそうワンパンされないと思うのだが…そこまでレベルが低いのだろうか。この子は。
なんて考えてしまうのは仕方ないだろう。ユウは生粋のポケモン世界の住人なのだから。

「とりあえず、他に誰か…話が出来る人とかいないかな。自分みたいな巻き込まれじゃなく、元々ここにいる人たちでもいいから…」
「ブイ…ブイ?ブイブ!ブイ!」
「ん?」

ピクピク、と耳を動かしていたイーブイは、扉へ顔を向けて声を上げる。ユウもそれに習って顔を向けると、バタバタと慌ただしい足音が近付いてくる。

「何事ですか!?今の音は!」

バンッ!と勢いよく開いた扉と共に飛び込んできたのは鳥の仮面を被っている男性だ。大きく呼吸を繰り返している様子は、全速力でここまで来たのを物語っている。仮面とハットで良く見えない頬には少し汗が流れている。

「な!?こ、これは一体…!?」
「うーん、ややこしい展開の予感しかしない」

部屋の惨状に驚く男性を見ながら呑気な感想しか出ないユウ。
人は自分以上に誰かが慌てていると、一周まわって冷静になるものである。

「あぁもう!新入生の1人が足りないからと来てみれば…!ともかく!君!今年の新入生ですね!?」
「人違いです」
「そんなはずが無いでしょう!その制服を着ていて!」
「って言われても…ほんとにその、シンニューセーってのでは無いんですよね…」
「では君は何故その服を!?どこからこの部屋に!?」
「気付いたらそこの棺の中にいて、これを着てました」
「貴方じゃないですか!!!!!」
「一旦落ち着きません?」
「落ち着けるわけが無いでしょう!!!勝手にゲートから出るだけでは飽き足らずこんな…あぁ!鏡!鏡は無事でしょうか!?」

慌てながら鏡の元へ行く男性。ユウの分からない事をアレコレと喚いているその後ろ姿を、白けた目で見てしまうのは仕方ないだろう。ちなみにイーブイも訳が分からない状態にどうすればいいのか分からず、定位置であり安全位置であるユウの肩にいる。
そういった騒動の中、流石にうるさかったのかユウの腕の中にいる生き物はモゾリと体を動かす。

「む、ぅ………ハッ!」
「あ、起きた。大丈夫?」
「ふな!?お、お前!オレ様に何したんだゾ!?星が見えたんだゾ!?」
「おぉ……」

喋った。
いや、しかし、世の中にはペラップの様に人の言葉を真似て喋れるポケモンもいる。おかしくは無い。
そう自己完結させながら、バタバタと暴れだしたのを抑える。数多のチビポケを相手にしたユウにそんな事は容易い事である。ポンポンと撫でて大人しくさせると暴れる力が弱まった。

「うん、気絶させちゃったのは本気でごめんね。混乱してた」
「ブイ。ブーイー…」

申し訳なさそうに耳を垂らしながら、イーブイが謝罪をする。ピル、と耳を震えさせた腕の中の生き物は、不思議そうにイーブイを見やる。

「なんだ、お前。喋れないのか?」
「ブイ」

頷いて肯定するイーブイを興味深そうに眺める猫ポケモン(?)。見つめあーうとー、などという定番曲は流れないが、愛くるしいことに変わりはない。そんな2匹に挟まれているユウ。

「(ここが天国か…)」
「お前、名前なんて言うんだゾ」
「ブイ。イーブイ」
「ぶいーぶい?」
「あ、違う違う。イーブイって言うんだ、この子」
「む、イーブイか。オレ様はグリム!グリム様と呼ぶんだゾ!」
「グリム様ー」
「ブイブーブイー」

灰色猫狸ポケモン、もとい、グリムは上機嫌に「良し!」と頷いている。可愛いものである。
そうして一人と二匹が呑気なやり取りをしていると、鏡の元に行っていた男性がユウ達の元にやってくる。

「全く、勝手に扉を開けて出てきてしまっただけでなく、使い魔を申請無しに二匹も連れてきて、挙句扉をくぐって来ながら新入生でないなどという人など、前代未聞です…」
「ジワジワと"お前たちのせいで仕事が増えそうだ"という不満の圧を感じる」
「いえいえ。決して、えぇ、そんな事はありませんよ!私、優しいので!」

仮面越しでも感じる胡散臭い笑顔である。
ほんとに優しい人は自分から言わない。これ、旅の中で嫌という程に知った常識。

「ふなーッ!オレ様はこんなヤツらの使い魔じゃないんだゾ!!」
「あぁもう、反抗的な使い魔はみんなそう言うんですよ。少し黙っていてくださいねー」
「あっ」
「むがー!!ふがふが…!」

ユウの腕の中から男性の目の前に浮かんで抗議したグリムは、そのまま男性に抑えられてしまった。哀れ。しかし目の前に行ったらそうなるわな、という冷静なユウもいた。

「ほらもう、すぐに鏡の間に向かいますよ。入学式はとっくに始まっているのですからね!扉から出すのが遅れたのは申し訳ありませんが、それとこれとは別問題!キビキビと動いてください!」
「あの、さっきから言ってる扉って何ですか?棺しかありませんよ、ここ」
「その棺が扉なのですよ。この学園に入学する生徒は、全てあの扉をくぐって来るのです」
「エスパータイプもビックリな不思議展開」
「通常は特殊な鍵で扉を開くまで生徒は目覚めないはずなんですがね…」

それなら完全に開け忘れたそちらの落ち度では?
と、ユウは思ったが言わなかった。なぜなら自分は、そもそもシンニューセーとやらではないイレギュラーなのだから。何より、自力で出れちゃったし。

「おっと、長話が過ぎましたね…さぁさ、とっとと入学式に向かいますよ。あぁ、使い魔の世話は君がちゃんとして下さいね」
「はぁ…」
「ブイブ、ブイ?ブイー!」
「おや…?そちらの使い魔、言葉を喋られないのですか?」

喋られないのが普通だと思うのだが。

「まぁ、普通のイーブイですので…でも多分、言ってることはこれから自分が聞きたかった事と同じだと思います」
「ふむ、なんでしょう」
「ここは一体、どこですか?」

「…空間転移魔法の影響でしょうか、意識が混濁している様ですね。いいでしょう、歩きながら説明しましょう!私、優しいので!」

そうして説明された内容に、ユウは、白目を剥くことになる。

___ナイトレイブンカレッジ。
___世界中から選ばれた、類まれなる才能を持つ魔法士の卵が集まる。
___ツイステッドワンダーランドきっての、名門魔法士養成学校。

──ここでおさらいをしよう。
ユウのいるポケモンの世界に、魔法などというものは全くない訳では無いが、あまり知られていない。化学/科学は人間の生活発展に寄り添い、進化しているので馴染みがあるものの、魔法という概念そのものが薄い。
ポケモン魔法という、ポケモンから取れる素材や呪文を使用する魔法については文献が少ないがあるにはある。が、どうしてもそれは一般的に知れ渡っている物ではなく、幻のようなものである。
そもそも、ポケモン自体が魔法に近い様な存在であるし。
そして、ポケモンの世界は10歳で成人扱いされ旅に出たりする。スクールに通う子もいるが、必然的なものではない。
ユウは、スクールに通わず、旅に出たトレーナーである。

結果。

「(さっっっっっっっっっぱり!!分からん!!!!!!!!!!!!)」

名門?は?何それ?養成学校?ジョーイさんやジュンサーさんの学校的なやつ?いやでもだったらなんで自分いるの??勉強全くってくらいして来てないよ?興味あること以外はノータッチな完璧偏り頭脳なのだが???

この学園の校長というディア・クロウリーは、ポーカーフェイスで内心焦りまくってるユウを置いてけぼりにして話を進めていく。
優秀な魔法士の卵を鏡が選んで、黒い馬車が扉を乗せて迎えに行ったと。
来てない。なんならテレビから来た。

「(イーブイ…どうしよ…帰りたい…)」
「ブーイー…」

ムガムガと暴れてるグリムを片手で絞めてるクロウリーの後ろ姿を見ながら、ユウはちょっぴり泣きそうになった。
ユウは既に確信していた。
当たり前のように言われる魔法の存在。
メジャーなイーブイすら、そもそもポケモンすらをも知らない事。
ユウの世界ではポケモンでないと出来なさそうなことを安易にしてしまう摩訶不思議な物達。
喋るポケモンではない、使い魔という生き物。
自分の知っているものと全く違う学校。
どれもこれもが、ユウの知らないものだ。

「(…お父さん。あなたの上げてた憶測、ドンピシャで当たったよ…)」

今まで培ってきた自分の常識が崩れそうな足音に、ユウは魂を飛ばしたくなった。
ゴーストタイプではない故、出来ないが。

「(お先が真っ暗ヤミラミじゃん…)」

ユウはポケジョークも上手くなかった。


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