20年前のケーキ


関節に刃を当てたら一気に押し切れよ。
人間の骨は思ったよりずっと硬いからな
と、三途は灰谷兄弟に念を押した。

成人男性三人と、さっきまで成人男性だった肉塊二つ、計五人がつめられたバスルーム。
白い壁一面に飛び散った、流星群みたいな鮮血。
切断した右足を片手にため息をつく三途はさておき、灰谷兄弟は楽しそうにノコギリを動かして頭部切断を試みていた。
 
灰谷兄弟にとっては初めての人体解体であった。
人殺しこそすれ(好き勝手殴っていたら結果殺してしまったというのが正しいのだが)、その後の面倒まで見てやったことは勿論なかったので、バラしに関して彼らは完全にド素人である。
だからこうして、バラバラ殺人現場で長年番をはっている春千夜大先生に「人体解体のコツ」をご教授されているわけだ。反面教師の鑑であることは言うまでもない。
 

「竜胆〜見ろよ、ほら」
「ちょ、兄貴マジでやめろって!生首向けんな!」
「いいじゃん、もう死んでんだし」
「そういう問題じゃねえよ!」
「え〜」

ほらほら〜、と髪を支点にして振り子のように生首を揺らす姿は、まるでスーツを着た子どもみたいに無邪気だった。まあ、こんな猟奇的な子ども、いてたまるかという話なのだけど。
もう片方の足を切り落とした三途は、頬に着いた血を肩に擦り付けるようにして拭いながら、手を止めて口を開く。

「おい、駄弁ってねぇで手動かせ。時間ねえんだぞ」
「動かしてんじゃん、ほら、切れたし。首」
「体繋がりまくってんだろ。さっさとしろ」
「ん〜、あ。で、次何だっけ。四肢断裂?」
「先に逆さにして血抜くっつったろ。話聞けや」
「そんなこと言ってたか?竜胆」
「さあ、覚えてねえわ」
「…テメェらぶっ殺すぞ」

じゃれ合う灰谷兄弟を睨み上げるその表情たるや、まるで親の仇ともいったよう。けれど、そんな恨み辛みも、この非情で無情な灰谷にはなんの脅しにもならない。まったく、これが同僚とは心底先が思いやられる。
三途はふたたびため息をついた後、「とにかく!」と諦めるように作業を再開しながら、灰谷に命じた。

 「あと三十分以内に終わらせろ。んで、その気色悪い生首はその辺置いとけ。あとでクール便であのクソ若頭に送り付ける」
「春千夜先生こえ〜」

鏡合わせに嗤う兄弟は最初こそマイペースにパーツを分解していたものの、次第にコツを掴んだのか、数分後には鼻歌交じりに慣れた手つきで死体をばらしていた。
のみこみ早いな、なんて、さながら本物の教師のようなことを思いながら、重要指名手配犯の三途は、黙々と仕事をこなしていった。
 

□ □ □  


「っし…、全部終わったな」
「お疲れ〜」
「サビくせぇ…」

全てが終わったのは予定時刻よりも五分はやい、夕方の五時二十分だった。
クリスマスを間近に控えた冬の日。血塗れのスーツ姿で肉塊の入った白袋を持った彼らは、まるでサンタクロースのようだ。
太陽が沈んで、空いっぱいに紺色の宇宙が溶けだせば、じきにイルミネーションが煌びやかに街を照らし始めるだろう。
無論、死体解体の為だけに造られたこのバスルームに窓なんてあるはずもなく、中にいる三途や灰谷達にそんな景色を知る由もない。否、微塵も興味はない。

「シャワー浴びて着替えろ、さっさとコレ運ぶぞ」
休む暇を与えず、テキパキと命令口調で指示を続ける三途に、灰谷蘭から非難の声が上がる。
「え〜運ぶのに三人もいる?てかこっから先くらい下っ端にやらせろよ」
「口答えしてんじゃねえぞ。時間がねえんだ、黙って言う通り働け」
「…あ?」
「…おい、何だ?聞こえねえのか、くらげ野郎。さっさとしろっつってんだよ」

先ほどまで室内に浮遊していた酸素が、一転して二酸化炭素に取って代わられたような錯覚。凍てついたこの場の空気も​───世に言う修羅場と言うやつだろう​────反社の闇に侵された肺ではむしろ生き生きと働く。
一瞬にして竜胆と三途の間に殺意が満ちる。そしてそれは、兄である蘭も同様であった。

「色々ご教授ありがと、春千夜センセ」

冷たい痛みが喉に触れた。視線を喉元に落とす。まるで野生の生き物かと錯覚するような、不気味に光る赤黒いそれは、紛うことなきノコギリであった。

「…なんのつもりだ?」
「『関節のところに刃を当てて、一気に押し切る』…だっけ?それって死後硬直してない人間でも同じだったりすんの?もっと簡単に切れんのかな?」

片手をスーツのポケットに突っ込んだまま、蘭は刃先を三途に突き出して、悪びれもなくそう言って笑った。何人、何百人ものラットの血痕がべっとりと付いた刃が喉元を這う。

しかしこんな状況下でも三途は極めて冷静だった。己の置かれている状況に、今目の前に迫る命の危機に、恐怖一つ感じることはなかった。それどころか。

「…研磨された刃は殺しには向いてねえぜ。使い古されてガタがきた、切れ味が悪い刃こそ使い時だ。苦痛に歪む顔が見てえなら覚えとけよ、ブラコン野郎」

突きつけられた刃先を手で掴む。
自身の喉元により深く押し付けて言い放つ三途の目は、どす黒い光を放ってギラギラと燃えていた。

「ふ〜ん、よく知ってんな。それも実習の賜物?」
「さあな」

口元に咲く菱形の傷を見せつけるように大きく歪ませて三途は笑った。そのままお互いに睨み合ったまま微動だにしなかったが、しばらくして蘭の手に籠っている力がふと抜けた。

「…ま、いーや。面白い話聞いた分、今日は働くわ」
「ハッ、そーかよ」
「けど次からは知らねえよ。オレらはマイキーの言う事は聞くけど、その忠犬に仕えてる気は一ミリもねえからな」
「オレには部下も下僕もいらねえよ。特にテメェらみたいな奴はな」
「あっそ。行くぞ、竜胆」
「…うん」
「あ、その袋持って来いよ〜」
「は?!いや兄貴…チッ、ったく…」

蘭は両手をポケットにつっこんで悠々と解体現場をあとにした。荷物持ちを半ば強制的に任命された竜胆も、一つ舌を打った後諦めたように袋を抱えて後を追った。

嵐が去ったあとの様に静かで、見るに耐えない有様の血塗れのバスルームに一人残った三途は、肺の底から息をつく。ふと顔を上げて虚空を見た。その喉元には、先ほど突きつけられた刃先で切ったのか、僅かに鮮血が滲んでいる。


「毎日、毎晩、…あんたへの恨み辛みをこめて研磨した」

ぽつり、と湿った声が室内にひびいた。
高い位置で括っていた髪を解く。はらはらと雪のように舞って肩にかかった。かるく頭を横にふって髪を揺らしたとき、淡い桜色がふわりと頬を撫でた。

優しく、不器用に、頬に触れたその瞬間の暖かさは。








「…痛かったですか、隊長」




遠い昔、兄貴のように慕っていた男の武骨な手の温度に、よく似ていた。




⿴ ⿻ ⿸




その数日後、世間一般ではクリスマスと言われる日。
浮き足立つ街中に駆け出すこともせず、一人黙々と事務業に勤しんでいた三途に一つのクール便が届いたらしい。送り主は灰谷蘭。

「…クール便……蘭…」

嫌な予感と嫌悪感、その他もろもろ詰め込まれた冷ややかなアンハッピーセット。渋々ながらも箱を開けた三途の目に飛び込んできたのは、

「………薔薇?」

何十…いや、おそらく百本近くある薔薇であった。
しかし実に妙な色をしている。赤とも黒ともつかない、気味の悪い、まるで人間の血のような​──。

「…まさか」

その中から一輪を手にとって、三途は花から茎、葉から棘…と、じっくりと薔薇を観察した。
そして、本来緑色である葉、茎、そして棘までに、ドロドロとした赤黒い花弁によく似た色が付いているのをみて三途は瞬時に悟る。

「……あの野郎、ガチでサイコだな」

ついで三途は、薔薇が敷きつめられたクール便の中に入っていた、一通のカードを手に取った。
カードの差出人は勿論灰谷蘭である。ネイティブのような流れる筆記体も、彼が書いたと思うと鼻について仕方ないが、それよりもヒドいのはその手紙の内容であった。


「𝑀𝑒𝑟𝑟𝑦 𝑏𝑙𝑜𝑜𝑑𝑦 𝑐ℎ𝑟𝑖𝑠𝑡𝑚𝑎𝑠」


簡潔に、端的に、最小限の情報でこれほど自分を不快にできる最悪で最低なサンタクロース…否、灰谷蘭。ぶるりと背中をふるわせた三途はもはや感心した。

恐らくこれら全てが、解体時に出たラットの血に浸した薔薇なのだろう。怒りとも挑発とも、ただの遊戯ともとれる彼の行動に頭はすっかりパンクしそうである。

「…薔薇、薔薇…殺人…てことか?寒ッッ、正気じゃねえな、コイツ」

なんとも寒く笑えない、猟奇的なサプライズとブラックジョーク。
人生史上もっとも嬉しくない、出来ればクーリングオフしたい、最悪なクリスマスプレゼント。


その赤黒色の薔薇九十九本に込められた意味など、三途は到底、知る由もない。



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