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次に彼女の意識が芽生えたのは水槽の中だった。
死んだという自覚があったのに、どういうはずだろう。
触ってみると足もあるし、何より砕けたはずの頭も今こうして動いている。
ただ、手足にはまるで目の前の機械のようにいくつものチューブがつながっているし、そもそもどういうことか液体の中にいるのに窒息さえしない。

「目が覚めたか」

聞こえた声は、聞き覚えの有るものだった。
見れば数人の白衣姿の人間たちが機械の数値を調べているらしく、その中に1人だけ軍服姿の男がいた。
その男を少女の素体は確かに記憶していた。
東部戦線の英雄、自分を殺した男、クリストファー・ヴァルゼライドを。

それと同時に湧き上がったのは猛烈な衝動。
刷り込まれた知識によると、人造惑星としての製造時に焼き付けられた強い感情だった。
誰かを「愛している」、そして愛することの心地よさだけが少女の中にあった。

誰を?私は誰を愛していたの?
思い出そうにも、素体の記憶は欠けていたし、記録にないから調整のしようもない。
だから、ドリスは素体が愛していた相手を気にせず、ただ生まれたてのドリスに最初に声をかけてくれたクリストファー・ヴァルゼライドを愛することにした。

暫くして水槽から出られるようになった。
暫くして調整を何度か受けるようになった。
暫くして自分の中に星が宿っていること、それが要求値に達しないことを知った。

そんな経験全てにヴァルゼライドはいてくれた。
自分の全てを知られている感覚は心地よく、同時にほとんど反応を変えないヴァルゼライドのことを知りたいと願った。

最初は髪の毛を送り付けた。
ヴァルゼライドの顔に一瞬の困惑が浮かんだ。
彼の困惑を知れて嬉しかった。

次に彼のコーヒーへと血を混ぜた。
これは即座に気付かれて首を掴んで叱りつけられた。
彼の怒りに触れられて嬉しかった。

それから仮眠を取る彼の下肢に手を伸ばした。
次の瞬間に床に叩きつけられ、両腕を斬り落とされた。
彼の嫌悪を味わって嬉しかった。

ついには彼の着替えから下着をくすねようとした。
気付かれた後、溜息をついた彼に手首を砕かれた。
彼の呆れを見れて嬉しかった。


苦痛を与えられる事は決してドリスを傷つけなかった。
痛みを感じる分だけ、その期間が長いほど、ヴァルゼライドという存在を自分に刻みつけられているようで嬉しかった。
だから、愛情は留まることさえなく跳ね上がっていった。


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