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彼の側にいられることを喜ぶほどに、彼の聖戦へとドリスは向き合いたくなかった。
──勝つのは俺だ。
その言葉に疑いなど一切ない。
例え神星といえども英雄を殺せるはずなどないのだと確信していた。
けれど、その先に待つのは確実な別離だ。
英雄を失い、自分もまた死ぬなどなんて不毛な目的だろうか。
その日もドリスはセントラルに来ていた。
決められた報告日ではないが、戦闘特化の2体がついに完成したと聞いて、会いに来た……というのは口実に過ぎず、結局のところはヴァルゼライドへと会いに来たのだ。
完成、とはいえ未だ調整段階。
ウラヌスとは以前に言葉を交わしたとはいえど、とても仲良くなれる雰囲気ではないし、またドリスにしても仲良くなりたいわけではなかった。
ただ、口実とはいえ理由があるならば顔くらい見に行くのが道理というものだろう。
ドリスの足取りは普段通り、硬質なコンクリートに足音を響かせながら2体の元へと向かった。
「おお、姉上殿。わざわざ会いに来てくださるとは頭が下がるねえ」
ドリスの姿を一番最初に捉えたのはマルスだった。
赤い鬼面に複数の目がつき、体は前情報の通り異形。
人の姿などしてはいない癖に口調はやけに人懐っこく、まるで人好きのする快活漢かのような雰囲気さえ漂わせている。
ドリスにしても、あらかじめ彼が連続殺人犯であることを聞いていなければ好漢と感じただろう。
「こんにちは、マルスくん、ウラヌスちゃん。ウラヌスちゃんの方はおひさしぶり……の方がいいかしら」
「貴様のような屑星と2度も会うことになるなど思いもしなかった」
真逆に返したのはウラヌスだった。
相変わらず綺麗な顔立ちや声が勿体なく思えるほどの嫌悪を滲ませた声をしている。
かといって、ドリスもそんな反応にいちいちと傷つくようなまともな精神は持ち合わせておらず、あくまでにこやかな顔を向けていた。
「2人とも体の調子はどう?異常、とかはなさそうだけれど」
「応とも。異状などはなく、寧ろ好調というべきだろうさ。よもや、こんな体になれるとはな」
気分よく応じたのはやはりマルスの方だ。
彼はどうやら、兄弟型にあたる錬金術師よりもこの肉体になったことを前向きに捉えているらしい。
それもそのはず、彼の素体となった男はカンタベリー聖皇国の稀代の連続殺人鬼であり、生まれついての殺人嗜好者。
ともなれば、必然として戦闘特化としての肉体への順応も高まるだろう。
尤も、当人はその殺意をあまりに多すぎる殺意の中に紛れさせるのが上手いらしく、閣下のご友人でもある策謀双児隊長の星をもって漸く捕らえられたほどの嘘の名人でもあるのだが。
「私や、あなた達の兄である錬金術師……彼なんかとは大幅に違うのね」
とにかく、1にも2にも戦闘のためだけに人間性を削ぎ落とした外見なだけに、逆にドリスは恐怖も不安も感じることは無かった。
これらはそういう生き物だ──そんな前提があれば恐れる必要等なかったからだ。
ドリスが生前に恐怖を刻み込まれた存在は、あの血の池で眠る月天女だけだったのだから。
「それはそうだろう、お前達とは純粋に開発理念が違うのだから」
今の己の肉体を生まれ持ったはずの美貌以上に貴ぶ声がドリスの視線を誘導した。
以前はフラスコの中だったからわからなかったけれど、大きく釣鐘のように広がる青いスカート、仮面の下の顔立ちは女性らしく丸みを帯びて整っている。
きっと生前ならば素直に美女といえる存在だったのだろう、などと無為に考えながらドリスは氷河姫を見つめた。
「あなたはカグツチにぞっこんなんですって?そりゃあ、その体に愛着も湧くわね」
自分の妄執と形は違うが、なにしろ愛が重くて深いことで有名なアマツの女──偽、ではあるらしいが、その情が注ぎ込まれているともなれば、今の肉体は愛するものからの贈り物だ、愛さないはずがない。
それに、与えられた情報を聞く限りでは氷河姫の素体は自己愛のよほど強い女だったらしい以上、まさしく神に愛されていると自覚した彼女は止まるまい。
そのままの勢いで聖戦へと突っ込まれては少し困るけれど、と内心で独りごちてから、ドリスは2人に手を振った。
「多分、明日には性能試験よね?どうぞ頑張ってね」
快活に返す殺塵鬼の声に背中を向ける頃には、ドリスの中からはもはや2体の妹弟型のことなどどうでもよい記憶へと変貌していた。
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