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見つめているだけで満足なのだ。
遠くからでも、彼が存在してくれているならそれで。
ただ、彼を知りたいという欲深な我が儘で近寄りはするけれど、そこから先など求めていない。
ドリスの愛は常に一方通行のはずだ。
それが今はなんだと言うのか。
普段ならば激務と自分への嫌悪で言葉を交わすことさえ少ないヴァルゼライドが、ドリスへと目を向けて言葉を放っている。
盗撮写真でも、新聞の切り抜きでも、ラジオ放送の録音レコードですらない。
生身の人間として、クリストファー・ヴァルゼライドという恋した男が向き合ってくれている事実にドリスは当惑していた。
本来ならば喜ぶべきだ。
ようやく振り返ってくれた、見つめてくれたと歓喜していい事態だ。
その過程はどうあれ、ヴァルゼライドとの会話が続けられるなど、拒絶に比べるべくもない進歩だ。
だというのに、ドリスの頭は完全に停止していた。
何故なら、彼女に焼き付けられた生前の感情は「恋」であり、その恋もまたドリスが一方的に相手を付き纏い観察し続けていた記憶でしかなく、詰まるところは経験不足なのだ。
だからこそ、愛する相手を前にしてドリスは何を言っていいか分からない。
錬金術師との会話のような気軽さもなければ、先程の殺塵鬼たちとのやりとりのような義務感もない。
1人の人間として、好きな相手にどう対処すべきなのかが微塵も分かっていないのだ。
そんなドリスの未熟過ぎる恋心の根幹を見抜いてか、ヴァルゼライドは嘆息を1つ吐くとドリスの肩を軽く押して、側から離れさせた。
物理的に距離ができたことで漸く、催眠から解き放たれかのようにドリスが顔を上げ直したのを確認してから、ヴァルゼライドは彼女の瞳を見据えて口を開いた。
「俺のような塵屑にはお前に愛される資格もなければ、お前を愛する資質もない」
その言葉は確かに拒絶で、だから、ドリスの恋はここで終わり。
有無を言わさぬ幕引きの言葉を告げられ、ドリスが硬直している間にヴァルゼライドは廊下の先へと進んでいった。
椅子の前には、取り残されたドリスが1人、瞳孔が収縮しすぎて暗闇に落とされた錯覚を抱いたまま立ち尽くしていた。
────運命の車輪/END
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