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その直後、アパルトメントの部屋そのものを揺らすような轟音と衝撃が走った。

「な、何……?」

感じるのは異様なまでに高い星辰光の反応と、外から響き渡る悲鳴、そして何かが燃えているようなきな臭さ。
部屋から飛び出した先に広がっていたのは地獄だった。
つい先程、帰宅のために通った路地が瓦礫に埋まり、その先から多くの悲鳴が上がっている。
何かが引火したのか、炎が街を黄昏のように赤く染め上げている。
自分同様に、いや、星辰光を感じられない分自分以上に混乱する人々。
そして──

「危ない!」

破砕してきた瓦礫の塊が目の前の少女に向かうのを見て、咄嗟にドリスはその少女の体を抱いて地面に転がった。
小さな体を抱きしめたまま体を起こし確認すると、瓦礫は石畳を抉り抜いていた。
もしもほんの一瞬でも判断が遅れていたら、そう思うだけでドリスはゾッとした。

「大丈夫?怪我は?」
「あ……ぁぁ……」

何が起こっているかさえ分からない。
混乱と恐怖で塗りつぶされた少女の口からは言葉にならない嗚咽が漏れ出している。
その瞳は何故、どうしてで埋め尽くされ、先程までの平穏が突然打ち砕かれたことへの不安から今にも泣き出しそうだった。
ならばこそ、ドリスは──

「大丈夫、爆発事故だわ。お姉さんは軍の人に連絡をしてくるから……あなた、家は近い?」
「うん……」

力なく、それでも首を縦に振る少女にまだ絶望は訪れていなかった。
ドリスは少女の薄桃色の少し癖のある髪を撫でて微笑みかける。
今ここで状況を正確に理解できるのは自分だけだと理解しているからこそ、不安を煽るまいと落ち着いた口調で言葉をかけた。

「なら、お父さんとお母さんを連れて避難して。大丈夫、こんなのすぐに収まるんだから」

嘘だ。
今起きている事態を理解しているからこそ、ドリスは自分の嘘を悟られぬように普段通りに振舞った。
少なくとも「爆発事故」という言い訳は少女にとっては納得のいくものだったのか、先程よりは恐慌の色は落ち着いている。

「それじゃあ、歩けるわね?お姉さんは送ってあげられないけど、平気?」
「うん……」
「いい子。じゃあ……行って」

落ち着きを取り戻したことを確信してから、ドリスは微笑んで少女の背中を押した。
家に向かうため駆ける彼女を確認し、ドリスは反対に爆発の起きた方向、星辰光の輝きの中心へと目を向けた。
何が起きているか、嫌というほどよく分かるから。
そして同時に、自分では決して事態を収束できないと理解しながら、ドリスは爆心へと走った。

走れば走るだけ、地獄は色濃く街を塗り替えていた。
焼け溶けた街灯は不格好な飴細工になり、止まっていた車はひしゃげてタイヤが浮き上がっている。
逃げ遅れた人々はもう助からぬ有様で助けを口々に叫び、救いを求めている。
これだけの星辰反応だ、軍は今にも出撃の態勢を取っているだろうし、今この時も第七特務部隊裁剣天秤を筆頭に帝都警護にあたる近衛白羊、策謀双児たちもこちらに向かっているはずだ。
だから、人々の避難や誘導はそちらに任せた方がいい。
今、この地獄に必要な救いを与える存在が来るまで……ドリスにできるのは、命懸けで時間を稼ぐことだけだった。


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