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地獄の災禍、その中央にいたのは赤い悪鬼と青い鉄姫の2名。
嫌になるほど予想通りのその組み合わせにドリスは背筋を冷たい汗が流れ落ちていくのを感じていた。

「寝起きがちょっと悪すぎるんじゃない?マルスくん、ウラヌスちゃん」

震えぬように。
恐れぬように。
尊敬し、愛するヴァルゼライドを胸に描きながら、さも普段とおりの挨拶をとドリスは声を出した。

「おお、姉上殿。奇遇だねえ、こんな所でまた会うとは」

快活に笑ったのは赤い悪鬼の方だった。
嘘つきめ、内心で毒づきながらもドリスはこの男の危険性を知りながら、なんら警戒さえ抱かなかった自分を罵倒した。
少なくとも、本当に警戒していたならば今日は店を休んで政府中央塔で彼らを監視することも出来たはずではないか。
そんな自分の至らなさを感じながら、改めて息を吸う。

「暴れ過ぎよ、私たち一応とはいえ機密なのよ?こんなに目立ってどうするの……それとも、月天女が目覚めたとでもいうのかしら」
「生憎、長姉殿は相変わらずの午睡の最中だ。これほど素晴らしい肉体を得ながら眠り続けるとは余程夢の世界が恋しいらしい」
「夢の世界がどうかは知らないけど、聖戦がまだならどうして暴れてるのよ。悪目立ちしたら、聖戦に参加出来なくなるかもしれないじゃない」

元より、聖戦の発動など微塵も望んではいないが、少なくとも彼らにまだ歯止めが効くのはカグツチの存在だろう。
ドリスの睨み通り、ウラヌス-No.ζの方は微かに口元を引き攣らせたが、その唇はすぐさに冷たい微笑へと変わった。

「奴を殺せば聖戦などそも起こり得ないでしょう?」

天上から見下げて物を言うように、いや文字通り愚かな屑星を蔑んでウラヌス-No.ζの声が響いた。
奴、などというのは決まっている──クリストファー・ヴァルゼライド。
どんな因縁があるのかは知らないけれど、何かしらの怨みがあるというのはよく知っている。
魔星の性質として直情的になりやすいというのは、自分の体験からもよく理解しているが、それでもこれは余りだろう。
自分たちのスペックを振り回して、ただ殺すことに特化しているというだけの性能で、何の関係もない人を擂り潰した目の前の2体にドリスの瞳孔は縮んでいた。
いや、まだ他国の人間で連続殺人鬼が素体だという殺塵鬼については理解も及ぶ。
だが、氷河姫はどうだ?
一門が滅ぼされたとはいえ仮にもアドラーで生まれ、生きてきた上に貴種として丁重に扱われたアマツの姫だ。
何一つ理解が及ばず、そして同時にだからこそドリスの唇は挑発的に笑みを浮かべた。

「違うでしょ、ウラヌスちゃん。あなたは、マルスくんと違って殺しに愉悦なんて感じてないでしょう」

周囲の氷結の樹林もそれを示している。
苦悶の声を上げることさえできず凍結させられた人々の顔は恐怖さえ浮かんでいない。
ただ無造作に、邪魔な虫を叩き潰したようなそれは美学など微塵もなく、彼女が殺人の衝動を宿していないことを確認するには十分だった。
だからこそ、ドリスは確信を持てた。
──この女の衝動とは、英雄1人への憎しみのみ。

「あなた、どうしてすぐにヴァルゼライド大佐に挑まないの?こんな所に寄り道して……あ、それとも」

この先は確実に後戻りができないことを確信して、心臓が痛んだ。
確実な未来予想図において、自分は死んでいる。
もし後戻りできるというならば、今がまさにその時で、これから先には命乞いさえ通用しないはずの地獄しかないと確信できる。
けれど、ドリスのささやかな決意は彼女の舌に力を押し込んでいた。
──ヴァルゼライドの笑顔を見たい、そのために

誰かの涙を拭う手になろう。──

もう1度決意を胸で唱えてから、ドリスは嘲るようにウラヌスへと言葉をかけた。

「英雄には敵わないってにげてきちゃったの?」

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