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持久戦に持ち込めるほどの耐久力も戦術もない。
かといって一撃必殺の逆転を狙えるような勝算も火力も微塵もない。
自分の能力の低さは数値にしても、精神にしても痛いほどドリスは理解させられている。

「猪突猛進とは、よほど死にたいらしい」

あちらこちらで爆発や建物の倒壊が続いているというのに、彼女の声はよく響いた。
アリアでも奏でているかのように美しい澄んだ声をしていて、激痛を抑えて走るドリスは場違いにも「羨ましい」などと考えてしまった。

「あなた、ほんと綺麗だわ」

なんの衒いもなくドリス口を突いた突然の賞賛の言葉に、動揺したのはウラヌスの方であった。
彼女は殺すということだけに専念できるほど怪物的ではない。
だからこそ、自分の予想に反したドリスの発言にほんの一瞬、間合いに踏み込まれた対応が遅れた。
しかし、所詮はほんの刹那──2人の少女が互いに、ほぼ同時に口にしたのは自らの星へ向けられる詠唱ランゲージであった。

「天昇せよ、我が守護星──鋼の恒星を掲げるがため」

空間に爆発的に膨れ上がる星辰体の密度、濃度は共にウラヌスが遥か高みにあり、もはや吐き出した息が瞬時に凍てつき霧氷となって参じる。

「散りばめられた星々は銀河を彩る天の河。巨躯へ煌めく威光を纏い、無謬の宇宙そらを従えよう 」

紡がれる祝詞は余りにも麗しい己を誇示する他者への侮蔑。
憐れむことすら思いつかない、異形を疎み地下へと葬り去った傲慢なる天空神の驕りが今、少女の声で高らかに謳われる。

「この身は愛に囚われた。仕える女神を裏切り、愛へと焦がれた愚かな娘。罪への咎が降りかかる」

応じるかのようにドリスが口にしたのは恋に惑った娘の言葉。
天になど到底届かぬと理解し、恋を罪と口にした。
無様に足掻く虫螻を睥睨する天空の女神の表情は凍てつき、正しく眼差しだけでドリスの両腕は霜で覆われていく。
けれど、ドリスはそれでも更に踏み込む。
身に纏うプラズマさえもはや腕先に集まる程度になりながら、超合金骨格が剥き出しになった右足で砕けた石畳を蹴った。

「百の瞳に責め苛まれ、虻が針刺し詰るのだ。伝令神の庇護も届かず、私は冷たい川底へ。苦しいわ 辛いわ どうして振り向いてはくれないの? 見上げる空は遠すぎて、輝きしか私は見えない」

それは正しく今の2人だった。
今にも全身を凍てつかされ、物言わぬ残骸に変えられそうになりながら突き進む屑星と比べて、火蓋の落とされた瞬間からほとんど微動だにしない鉄姫は遥か遠い。
放った氷弾が当たるだけでドリスの体程度まるごと凍てつかせられるという余裕がある。
そして、事実としてドリスは氷を避けるが故に消耗が大きくなる。
最短距離を突き抜けることができない上に、被弾のダメージで左肩が大きく裂け、そして更に脇腹を抉られた。
もはやプラズマは手に宿るほどに凝縮しなければ維持できていない、異常事態にウラヌスは勝利を確信してせせら笑った。

「いくら星光付属に優れていようと、所詮は屑星。自分の星さえ纏えないか」

だからこそ、鉄姫には決して気付けない。
ドリスの瞳が絶望に曇ることなく、今もただ光へと向けられていることなど。

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