6
凍てつく石畳を砕きながら前へと、更に前へと駈けながら、ドリスは先程以上に高らかに声を上げた。
「けれど、それでも構わない!振り向いてくれないの? だったらそれでも構わない!進むべきは見えている」
遥か高みにいる天空の女神へと、恋という春に浮かされた亡者は自らの体が壊れる事さえ恐れず接近する。
不快感にウラヌスは氷結の弾丸を射出していく。
ほとんど至近距離からの弾丸を最早かわすことなど出来ぬからこそ、手のひらに凝縮したプラズマで最低限の弾丸を砕く。
超高温のプラズマが絶対零度の弾丸に触れた瞬間、爆発音と共に衝撃でドリスの左手の小指は千切れとんだ。
けれど、やはり──ドリスには恋の記憶しかなかったから。
「いい加減、消え失せろ!」
苛立ちの極点に達した氷河姫が放ったのはドリスの肉体そのものよりも巨大な氷弾。
即座に膝を曲げて飛び上がるも、ドリスの右足は脛から、左足は膝から砕かれ、凍結は両脚の腿まで侵食し、しかし、それでも──
「届かぬ宇宙に手を伸ばし
いつか救いに届くその日まで、私の旅は果てなく征こう」
ドリスはまだ諦めてなどいない。
漸く、射程に収めた氷河姫へと墜落しながら、最早指さえ欠けた両手を伸ばす。
その顔には晴れやかなほどの笑顔が浮かんでいた。
続く氷塊の襲来を墜落する体は避けられるはずもない。
見える未来はただ1つ、ドリスの憐れなまでに砕ける様だ。
だが──
「超新星───爆ぜろ屑星、永遠に届かぬ愛ゆえに!!」
突き出した両腕は今まで肉体に纏っていた全てのプラズマを限界まで凝縮し、光を宿して氷を爆発四散させる。
絶対零度の凍結の世界を砕いた超高温により、氷は一挙に水蒸気にまで昇華され、数百倍へと膨張する圧力で氷河姫と、その花園ごと吹き飛ばした。
「貴、様ァ────ッ!」
ここに来て漸く、ただ一撃を食らわせたドリスもまた衝撃に吹き飛ばされるも、彼女の手は今や輝きを放ち、あらゆる物質を塗り替える。
転げた石畳は彼女を傷付けることもなく熱で溶かされて平に広がるばかりだ。
出力、安定性、そして素体のスペックの低さにより正規の魔星として数えるに値しないにしても、与えられた技術はドリスを確かに生身の人間よりは戦えるものにしていた。
しかし、その一撃さえも怒りに狂う鉄姫にとっては物の数に入らない。
光、光だと?よりにもよって忌々しい──!
最も嫌う、この世の何よりも深く憎んだ男と同類に輝いて見せた虫螻へと氷河姫は凍結の弾丸を繰り出す。
最早両脚の千切れた、逃げようのない女を砕くように、すり潰すように、念入りに念入りに弾丸を降らせる。
まず千切れたのは右腕だった。
肘から先が宙に浮かんだと思えば、溢れた血が凍結して地面に落ちると共に砕けた。
残った左腕で飛来する弾丸を薙ぎ払うと、その隙を狙ったかのように凍結の樹氷が脇腹を抉り抜き、ドリスの体を壁へと叩きつけた。
そして、虫螻を潰すための特大の氷弾が撃ち込まれた瞬間、突き出した残った左腕は肩から超合金骨格が飛び出し、千切れて、凍てついて砕けた。
壁に縫い付けられ、手足を失い、不格好なマネキンのようになったドリスの様を見て漸く溜飲をさげたかのように氷河姫は笑みを浮かべた。
いくら魔星と同等の生命力を宿していたところで、これではまず助かるまい。
ここで後悔して、絶望しながら、自らの不敬を悔いて死ねと嘲笑うその顔すら、炎にてらされてドリスは「ああ、綺麗だな」などと感じていた。
- 23 -
*前次#
ページ:
ALICE+