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セントラル内奥に響く機械の駆動音を聞きながら、ドリスは足を進めていた。
叡智宝瓶暗部に当たる人造惑星開発部署については、その作品であるドリスでも詳しくは分からなかった。
ただ、あたり一面に広がるケーブル、水槽内で漂う死体、そして壁一面に貼り付けられたそれら死体の詳細データを見ると、ここにいられるのが真っ当な思考を備えた人間ではないらしいということだけは分かる。
水槽の薬品によって青白く拡散する蛍光灯の光が長い影を伸ばしていくのを不気味に思いながらか、ドリスが向かったのはウラヌス-No.ζの開発チームの元であった。
「こんにちは、初めまして……ウラヌスちゎん?」
水槽内で胸や腹部にいくつものコードを突き刺され調整を受けているウラヌスへと、ドリスはこえをかけた。
「調子はどうかしら?目覚めたばかりだと記憶が混乱してるかもしれないけれど」
「……何の用だ、屑星」
初めて聞いた彼女の声は鈴のように可憐な声であるのに、どこまでも冷たくこちらへの侮蔑を感じられるものだった。
屑星、といわれること自体をドリスは特に気にしなかった。
事実、自分は失敗作だ。
自分の星など聖戦において役立つものでは微塵もないことはドリスも理解している。
並の星辰奏者ならばまだしも、ヴァルゼライドに太刀打ちできる見込みはなく、またカグツチを嫉妬しながらも危害を加えることはできない。
だからこそ、屑星と蔑まれることをドリスは気にしなかった。
それよりも気になったのは、自分を蔑む理由だった。
まさか、ヴァルゼライドへの好意からの敵意ではないだろうか──そんな疑惑が胸の中にできつつあった。
目の前の美しい少女──もっとも、その顔は仮面で覆われているが──がもしも、自分の好きな英雄へ同種の想いを抱いているとしたら。
そんな疑惑がドリスの瞳孔を広げていく。
「ねえ、あなたとヴァルゼライド大佐は知り合いだと聞いたのだけど……どういう関係なの?私にはアマツのお嬢様と軍人の彼に接点なんて思いつかないんだけど」
「くだらん。貴様のような下賎な輩の趣味はどこまでも低俗なようね。生憎だが、醜聞を期待しているならば期待外れだ」
「醜聞なんて……どちらかというと、心配というか」
「心配だと?」
「ええ、あなたがヴァルゼライド大佐を好きなんじゃないか、と思って……」
瞬間、部屋の空気が一気に落ち込んだ。
冷たいコンクリートで作られた部屋とはいえ、異常なほどの気温の低下に機材のいくつかは異音を立て、彼女の水槽には霜が張り付いた。
研究のための制御装置がついていなければ、おそらくこの部屋ごとドリスは氷漬けにされていただろう。
それくらいは容易にできるほどの星をウラヌスは持っている。
だが、それさえもドリスの言葉を止める理由とはならない。
ドリスの愛は常に一方通行かつ無限に遠くしか見ていない。
今目の前に崖があったとしても、そこから滑落して骨のいくつか砕けたとしても、死んでいないならドリスは前に進む。
ただそれだけの、挫折知らずの愛がドリスだ。
だから、ドリスを止めたのはウラヌスの言葉だった。
「あのような底辺の塵屑に、この私が想いを向けるなどあるはずが無い」
血を絞り出すかのような、怨嗟と憎悪の滲む声にドリスの顔色は晴れやかになった。
ああ、目の前の彼女はヴァルゼライド大佐を愛してなどいない。
微塵も好きなどではない。
そんな想いが、彼女の顔を晴れやかにして、微笑みさえ浮かべさせていた。
そして、それに露骨な嫌悪を向けていたウラヌスに対してさえも、ドリスは笑を向けて頭を下げた。
「変な誤解をしてごめんなさい。私、ちょっと心配になっただけなのよ」
さも世間話の最中に相手の気を損ねてしまった、という程度の口調でドリスは謝罪した。
少なくともそれは、殺意を向けられた人間の対応ではなかったし、ウラヌスはドリスの「心配」とやらがあまりにもおぞましいものに起因していることが分かり、顔を顰めずにいられなかった。
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