救済の奴僕


「意外と誠実そうなマスターが揃ったものだ」

人気のなくなった聖堂でラジオもどきの電源を切ってから、録音機を破壊してマタイは口を開いた。
人の良さそうな柔和な笑みはすでになく、口元からは僅かに乱杭歯が覗いており、嗜虐的な表情に変わっている。
だが、マタイは断じて先程集まったマスターたちを嘲ってなどいない。
その逆、寧ろ彼らこそがマスターとして相応しい人物なのだと確信を持ち、人として敬意さえ感じている。

「ああ、まさかあのお方まで参加していたのは計算違いではあったが。 彼を呼び寄せたということはマスターの方も私にとっては好ましい人材であることは疑うまでもない」

聖堂の奥、控え室にあたる部屋から出てきたのは濃い栗色の髪を後ろへと撫で付けた偉丈夫だった。
胸を張り堂々とした足取りで歩みだし、先程まで各陣営が座っていた長椅子を見渡すと、喜ばしいとばかりに笑みを浮かべ、マタイへと視線を向けた。
マタイは少しばかり考えるような表情で、自分の頭上にきらめくステンドグラスに視線を向けていた。
ステンドグラスには御子の磔刑が描かれており、その真下には厳かに微笑む聖母の像があった。
この学校は形ばかりにこだわりすぎている、赴任してからいつも、そう感じてはいるのだが、この聖堂は所謂泊付けでもあるため、豪奢な飾りをやめられないらしい。
そして、先ほどのマスターたちの願いも、幾らかは建前が含まれているのだろう、と感じている。
最後の少年は幼なすぎて善悪でくくる気にもならなかったが、他の3人のマスターは違うだろう。
事前に集めた情報では、セイバーのマスターは貴族であり、国ではそれなりに政治的な立場もある。 彼女の言う祖国救済がどういったものかは気になる。
ランサーのマスターは魔術師の家系としては異端ではあるが、自我が二足歩行しているような人間が多い魔術師のいう「差別のない世界」とは具体的にどのような世界だというのか、マタイには想像がつかなかった。
そしてアサシンのマスター。 彼女はどう考えても経歴として復讐者が相応といえるほどに環境、運命の全てに恵まれていない。果たして「嘘のない世界」とはどれほど苛烈な願いだというのか。

マタイは古びた教壇の上に手の平を載せて静かに前を見つめた。
彼らの心の内を見透かせる慧眼などはなから持ち合わせていないだけに、側にいる偉丈夫のように他者を推し量ることはできない。
だからこそ、これからの戦いを通じて彼らを見極めなければならない。

「案ずることはない、勝つのは我々だとも」

偉丈夫の言葉を疑うわけではない。 そもそも信じていない、ということを置いておく。
マタイは金色の自分の髪をかきあげ、はっと笑って見せた。

「我々? お前、の間違いじゃないのか」
「おや、勝ちを譲ってくれるというならばありがたいが」
「まさか、俺にも願いはある……誰かに託せるわけもない」

マタイは断固とした口調で告げながら目線を下ろした。
別段、この相手を信用ならない山師などと思っているわけではない。
彼は間違いなく善人の部類だということはマタイにもよく理解は出来ていた。
理解するからこそ、そんな善人に自分の願いを代行させる苦行をさせるわけには行かなかった。
それに根源的に彼と自分の願いは相容れない、そういう確信があるからこそマタイは願いを託そうとはしなかった。

「叶えるために、まずは歩もう。 祈るばかりではならない」
「聖職者としては問題があるのだろうが、私は君のそうしたところを好んでいるよ」

まったく嬉しくない評価を受けながら、マタイは苦笑とも泣き笑いともつかない表情で十字を切った。
罪深い自分では磔刑にされる価値すらないと実感しながら、それでも願いを叶えるために、自分以外の誰かの為に、確かに一歩を踏み出したのだ。

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