電子の魔術師


召喚に応じたゼファー・コールレインを出迎えたのはおよそ誠実とはかけ離れた対応だった。
目前に広がるコード、液晶画面、音響機材にキーボード、堆く積まれているのは半導体基盤の類だと聖杯からの知識で理解した。
そして、液晶画面に映るのは、およそ30cm程度の立体映像の少女だった。

「はじめまして。 私はあなたのマスター、河村 舞花」
「待て、俺はまだお前のサーヴァントになるなんて言ってない」

ぶっきらぼうな言葉で話を中断させられても、舞花と名乗った立体映像の表情は変わらなかった。
見た目は10代後半であろう少女、髪の毛は肩のあたりで切り揃えられ、服装はテーラードジャケットにプリーツスカートと旧西暦の学生服を装っているが、その立体映像と先ほどの擬似音声の主が同じ姿であることは何ら保証されない。
顔の見えない雇用主の存在にゼファーは眉根を寄せ、不信感を顕にした。

「私の姿を今、あなたに明かすことはできない。 けれど、安心してほしい。 私は、あなたの勝利のために手を抜く真似はしないから」
「その言葉を信じられる保証はどこにある。 顔も、姿も、声さえまともに出してこない相手をどう信じろって?」

ゼファーは気だるげに自分の髪をかいた。
自分を呼び出せるような人間なのだから、真っ当な人間性を期待していたわけではないけれど、こうも異質な存在を信じられるような人間を彼は1人しか知らない。
鋼の英雄ヴァルゼライドであれば、あるいはこんな機械越しの音声にも虚実を見抜いた上で信頼を築けたやもしれないが、生憎とここにいるのは惨めな餓狼に過ぎない。
実際、こちらとしても戦いに参加したいというのではなく、特異点からの帰還の手掛かりを求めていたというのに、漸く手に届いたチャンスが旧西暦の大和などとどこまでふざているのかと文句さえ言いたくなる。

「あなたの名前を教えてください。 アサシン、と呼ぶだけでも構いませんが」
「……本当のことを言うという保証があると思ってんのか?」

スピーカーからの言葉へのゼファーの返答は意趣返しだった。
大方、この部屋の様子は遠方から監視されているのだろうが、それにしても実際に目の前で話すと違うのだからいくらでも誤魔化しようがある。
つまり、この様な遮断された空間での通信に誠実さなど求めるだけ無駄なのだ、だから姿を見せろ、と言外に訴えかけた。
そして、それは事実上の妥協できる上限値であり、それに反するというならばいっそ戦いなど無視して手掛かりだけを求めて動いて構わない、とゼファーは内心で考えた。

「なるほど、一理あります」

返答は相変わらず無機質で、ツギハギの音声であった。
続く言葉に、ゼファーは激高のあまり目前にあるスピーカーの一つを蹴り上げて破壊するのを止められなかった。

「よって、令呪をもって命じます。 アサシン、あなたは私に嘘をついてはならない。 虚偽や欺瞞を禁止します」

信頼を築こうという努力の放棄、いやそれ以前に自分と対等に話をしようという誠実性の欠落にゼファーは腹の中が怒りで唸るのを感じた。
そして、同時に受けたのは精神への縛鎖であり、嘘をつくことが不可能であるという実感を伴っていた。

「クソが……最悪だ」

怒りに任せて液晶を叩き割らなかっただけ自分を褒めてやりたい。
目前の液晶と残ったスピーカーからは相変わらず無機質な顔と声が出力されていた。
このまま部屋を飛び出してやっても構わない、けれど、それを留まらせたのは、人工音声が紡いだ言葉だった。

「誤解しないでほしい。 私は、あなたを嫌悪しているのではない。 むしろ、私がいることは貴方の害にしかならないから、姿を隠すのです」
「そうだろうな、今すでに害でしかねえよ! 嘘を禁止する? だったら本音をぶちまけてやるが、お前のことは信頼できない。 顔も姿も分からん相手に命を預けられる訳ないだろうが」

怒声と共に液晶の載るテーブルを叩いた。
直後、その振動で半導体基盤の間から落ちてきたのは、ガラスの割れた写真立てだった。
中央にいるのは立体映像の少女をより幼くしたらしい幼い女の子。
その左右にいるのは両親だろうか。

「アサシン、私は嘘をつきません。 私は、他の大人たちのように嘘を好みません」

音声の主はゼファーが写真を見つけたことに気付いていないのか。
どこかにカメラがあるかもしれない、と考えながらゼファーは慎重に写真立てへと手を伸ばした。
液晶から溢れる光が照らした写真立て。
笑う少女の左右に立つ大人の顔は――黒く、黒く塗りつぶされていた。
少女の顔も、幾度も幾度も鋭い刃物で刺したような痕が残っている。
写真立てにいれるほどの思い出の写真を、なぜこうも損壊したというのか、先程からの「嘘」という言葉がキーワードのように思え、ゼファーの口元には冷たい笑みが浮かんだ。

「ああ、なるほど。 お前、親に捨てられたクチか」

一瞬、擬似映像が停止し、音声が途絶えた。
無機質な表情は変わらない。 しかし、発信者の冷静さに揺らぎが生じたことは明白で、ゼファーは言葉を続けた。

「捨てられたのは親が嘘つきだからで、自分は哀れで可哀想な被害者。 だから、嘘を許せないって?」

輝かしき者の零落を願う、卑しい畜生の性根は何一つ変わらず。
目前で言葉を失っている立体映像へとゼファーは更に言葉を続けた。

「もういい、あんたが嘘をついてるかどうかなんてどうでもいい。 分かりやすいんだよ、誰かに救って欲しくて仕方ないだけのガキだろ、お前」

一瞬、立体映像にノイズが走った。
図星だった、ということだろうと内心で手応えを感じた。
嘘を言うな、という命令通り、偽りを口にすることはなかったが、マスターへの冒涜はいくらでも吐けるらしく、またこの姿が見えない主が想像以上に御しやすい性質らしいと理解したことで、ゼファーは漸く冷静になれた。
そう、この俺を呼べるからにはこいつも紛れもない敗者――負け犬の声ほどよく響くのだ。

「……あなたが私を知る必要はありません。 あなたには、必要な情報とサポートを行わせていただきます。
 しかし、戦いは私の専門外、あなたが」
「ああ、素人に下手に口を挟まれるよりそっちのがよっぽど楽だ」

ここに契約は成った。
誠実を望むマスターとサーヴァントの間に信頼などは一切なく、互いに不信を抱きながらも契約を成したのは利害の一致というひどく俗な、誠意など微塵も関係ない妥協点であった。

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