平和に行きましょう。


 普段の生活で「泥濘」という言葉を見ることはそうないだろう。サラだってとある本の中で出会い、詳しくその意味を調べなければ簡単に忘れたに違いない。けれど今はその言葉が「道に広がる泥」という意味だと知っているし、比喩表現として美しいことも何となく理解していた。
 そして目覚めた今、思わずまた瞼を落としてしまいそうになるこの眠気も「泥濘のよう」と表現できるのだろう、と睡魔に襲われながら考えた。



 会話が続かなくても平気な人は、それなりに珍しいのではないだろうか。
 それが特に、女性ともなれば。
 今日だって、仕事を一通り終えたらしいサラが桟橋までやってきていた。最近は随分手際が良くなったらしく、タオが出ると既に小さな背中が見える。軽く挨拶をしてから空っぽのバケツを揃えて置き、同じように釣り糸を垂らすと、桟橋は波の音が聞こえるだけの静かな場所になった。
 ほんの僅かで小さな息遣いだけが側にいる証明で、それが何故か心地よく感じられる。しかし、わざわざ毎日自分の隣で飽きないのだろうか。
「時々私の隣にいて、あなたが退屈なんじゃないかと心配になります」
 それは本人に言っても答えにくいだろうに、と口にしてから後悔する。けれども彼女は水面に視線を向けたまま、ほんのちょっとだけ眉を下げて「うーん」と唸った。
「私も、時々あなたの趣味をじゃましてないか考えてしまう。優しいから、言われないだけで」
「そんなことないですよ」
「私もそんなことないです。……思っていたことはお揃いだね」
 静かに笑う。肩を揺らしながら、くつくつと、どこかほっとしたように。
「」

































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