平和に行きましょう。

さん


 街で牧場を営んでいた独り身の爺さんが引退したかと思えば、殆ど間を開けることなく、爺さんの孫だという少女がやってきた。随分ほっそりとした体付きで、クワやピッチフォークを握るより本を片手に持っている方が余程似合いそうだ。そんな長い黒髪と赤いリボンが良く似合うお嬢さんといった雰囲気は、見た目だけで判断するならオセの知る牧場主とは大きくかけ離れていた。



「サラ、聞いてくれ」
「タイム」
 頭ひとつ分以上上にある口を咄嗟に両手で塞いだ。聞きたくない、というのは嫌悪感よりも羞恥心と混乱によるものだ。1度聞いてしまえば後戻りは出来ないし、これまでの関係が良くも悪くも崩れ去るのはニブチンと言われ続けたサラにだって分かる。
 せめて心の準備を、1分か1時間かはさておき。と期待を込めてみたが、オセはその手首を簡単に口元から剥がした。忠告通りに鍛えた筋力ですら鉱山の男には勝てないらしい。
「オレが嫌いなら、いっそこのまま引っぱたいて逃げてくれよ」
「き、嫌いじゃない」
 そもそも手首を取られた時点で引っぱたくも逃げるも出来ない。そのつもりは無かったとはいえ、選択肢を与えているようで実はそうじゃないオセの口振りはズルいと思うのだ。
 やんわりと逃げ道が塞がれていく。いつのまにか両手はオセの片手に収まっていて、頬に残った手を添えられた。
「お前はよくオレのことズルいって言うけど、サラだって結構ズルいやつだぞ。いつものらりくらりと逃げられて、言いたいことも言えないオレの気持ちが分かるか?」
「う、うぅ……」
「このままどっちつかずにし続けるなら、オレにだって考えがある」
「……ちなみに何をする気?」
「家作ってそこに閉じ込める」
 頭上から見下ろしてくる目は据わっていた。やりかねない、というか確実にやる気だ。むしろサラが逃げることを期待してさえいるような熱がある。喉が引き攣って声にならないままでいると、掴まれていた手を引かれて距離を詰められた。
 

「よう、爺」
「お前も爺だろうが。どうした、妙な顔をしよって」
「うむ……。実はな、ここから息子夫婦の元に行くことにした」
「…………。そうか……」
「それで、孫に牧場を継がせようと思ってな」
「そうか……うん?」
「ここに誘き寄せて、その時に権利書諸共押し付け……ゲフンゲフン、渡して色々やってもらおうかとな」
「少し待て、あのボロ屋を継がせるのか。孫は確か女の子だろう。一緒に暮らすなら息子夫婦に来てもらう手もあっただろうに」
「孫娘が継がねば意味が無い。息子は見えんかったからな……」
「見えない?」
「いや、こっちの事情だ。すまないな」





















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