メランコリニスト

どんな前向きな人だって、どんな明るい人だって。自分を嫌いだと思ったことくらいは誰でも一度はあると思う。

なんであんなことをしてしまったんだろう。どうして私っていつもこうなんだろう。

自分の事について考えて、考えて、落ち込んでは暗くなる。

私の場合は一度は、なんてものじゃなくて結構な頻度で考えてしまうこの問題。

ぐるぐると深みにはまっていつまでもそんな風に暗くなってしまう。そんなところも含めて自分のことなんて大嫌いだ。

今回の事だって私がー…






「…咲子、咲子!話聞きなさ―い!」
『…、え、何?』

ぺしん、と威力のないビンタによって現実へと引き戻される。

ふと、友達二人の顔を見れば片方は呆れたように小さな溜息をついていて、もう片方の友だちは私の顔をじぃ、っと静かに見つめていた。

しまった。どうやらまたやってしまったらしい。

「まーた人の話聞いてなかったな!こいつー」
「最近元気ないね咲子。」
『そ、そんな事は…』
「「ある」」
『すみませんでした。』

食い気味にハモってそんなことを言われてしまえば謝るしかない。私は苦笑しながら仏頂面を浮かべる友人二人に頭を下げた。



"今日はもう帰ってくれないか。"

あの日から…轟さんとあんな風に別れてから、早いものでもう二週間近く経ってしまった。

静かな声は低く落ち着いたものだったというのに、いつまでもいつまでも私の耳から離れてはくれない。

あの時の轟さんの表情が、声が、私の胸にずっと暗い影を落としている。

怒りを無理やり押し込めたような、そんな声。それを聞いた瞬間、私の頭は真っ白になってしまって。

(轟さん…。)

あの時のことを思い出しただけで、どうしようもなく寂しい気持ちになってしまうのはどうしてだろう。

結局、あの日から私は轟さんのお宅を一度も訪れてない。

"来るな"と言われたわけではなかったけれど、なんとなくそんな気になれなくて。

吐き出すように呟かれたあの日の言葉。あれは間違いなく私の存在を拒絶するものだ。

まるで"踏み込んでくるな"と言われてるみたいだった。

私は知らないうちに彼の触れられたくない箇所に触れてしまったのかもしれない。

(あの時は、確かヒーローの話をしていて…それで、轟さんが黙り込んじゃって…。)

考えても考えても、何一つ状況は好転しない。

そう、分かってはいるつもりなんだけど、どうしても考えてしまう。

あの状況からして私に非があったのは確かだから。

嫌な思いをさせてしまった。もしかしたら傷つけてしまったのかもしれない。

けれど、その理由がなんなのかよく分からなくて。

(全然、分かんないや…)

あの時の言葉が意味する彼の気持ちや心情を、私は知らない。

そう、何も知らないんだ。轟さんのこと。

正確な歳も、何をしているのかも、どこから来たのかだって知らない。

曖昧で、不確かで漠然としている。

結局のところ、そんなあやふやな関係だったんだ。

仲良くなったのだって、気のせい。

うんうん、と考えてそんな答えにたどり着いた。

自虐的なその回答が妙にしっくりきてしまうのが何よりも切ない。

私は軋むように痛む胸を誤魔化すため、紙パックのジュースを吸い込んだ。



「咲子さ、なんかあったんでしょ」
『…やっぱり分かる?』
「今日だって全然食べてないし、顔色悪すぎ。」
「お肉食いな、お肉。豚ミンパワーでお肌回復させんと。我々女子大生だよ、女 子 大 生。」
『うーん、なんかご飯食べる気にならなくて。』

むにむにと頬を遠慮なくつつかれる。あんまり気にしてなかったけど、そんなに顔に出ていたのかな。

私は彼女たちの心配をどこか他人事のように聞いていた。

ご飯を見てしまうと、なんとなく轟さんの顔ばかり浮かんでしまって。

ちゃんとご飯食べてるかな、とか。変なものばっかり食べてたらどうしよう、なんて勝手に気持ちが沈んでしまう。

そんなだから最近は料理を作る気にもなれない。

お昼はお弁当ではなくコンビニのパンで簡単に済ませていた。

「男ですか?男なんですか園生さん」
「人の悩みでうきうきしないの。」
『えっと、ちょっと…喧嘩してしまいまして。』

「恋バナだ!」と目を輝かせていた友達の声を否定をしなかったのが意外だったのか、二人は揃って目を丸くする。

"マジか"と言いたげな二人を無視して私は轟さんのこと、今悩んでいることを少しずつ口にした。





『ー…って感じです。』
「うーん、その人の事あんま知らんから何とも言えないなー…」
「えーでもいきなり”帰れ"は流石に"は?"ってなるわー絶対ないね。」
『で、でも本当その人やさしい人で…普段はちょっと抜けてるというか…。』
「もしかしてさ、本人だったりして。」
『…え?』
「だからさ、その人。」

"ショート"なんじゃないの?

いつもより真面目な声でそんなことを言う友達の台詞に、「いやいやないっしょ流石に!」ともう一人の友達はげらげらと笑う。

けれど私は彼女のように笑い飛ばすことが出来ずにいた。

「ちょっとちょっと、咲子」
『…………えっ、あ…』
「ごめん、じょーだんだよ。」

お馬鹿さん、と呆れたように微笑まれてこつん、と小突かれる。

それは決して威力はなかったけれど私の心にがつん、と重たい衝撃が走ったような気がした。