日曜日の午前中。
私は天気も良かったので散歩がてら履歴書を買いに行くことにした。
バイト先に選んだのはこの間教えてもらった喫茶店。
もうお店には電話で面接の約束もしてもらったし、後は履歴書を持って面接するだけだ。
面接までにはまだまだ時間もあるけれど、必ず受かるとは言えないだろうし、何枚か書いておかなくちゃ。
(…バイト始めたら、あんまり轟さんとも会えなくなっちゃうんだろうな…。)
バイトのことを考えていたはずなのに、ふと轟さんの顔が浮かんでしまい歩が止まる。
ちくり、ちくりと小さく痛む胸。
轟さん、ちゃんとご飯食べてるのかな…。
またゼリーとか携帯栄養食とかで簡単にご飯を済ませてたらどうしよう。なんだか心配。
いや、まぁ轟さんとあんな風になっちゃったのも多分私が原因なんだろうけど…。
はぁ、と小さく溜息。
私は自分の部屋の隣のベランダを見つめた。
深い紺色のカーテンで閉め切られた轟さんの部屋。
洗濯物も干してないし、もしかしてまだ寝てるのかな…。
…ってうわ、なんか今の私すごいストーカーっぽい。
止めよう止めよう、と視線を戻そうとした時私はある一点に違和感を覚えた。
『……あれっ』
私の部屋は402、轟さんの部屋は403。
轟さんとは反対側のお隣…つまり401号室は私が越してくる前からずっと空き部屋だった筈。
それなのに401号室の窓には真新しいカーテンが引かれている。
誰か引っ越してきたのかな。
『もう新学期も始まってるのに…。』
もしかして社会人の人なのかな、と思いつつ私は視線を戻して、イヤホンを耳につけた。
***
『ー…あ』
「あぁ?」
履歴書を買ってきて、家に帰ろうとしたら見慣れない人物が私の家の玄関に立っていた。
もしかしなくてもさっき見えた401のお隣さんかな。
…それにしても。
明るい髪色。
吊り上がった瞳。
何故か喧嘩腰な第一声。
(めちゃくちゃ怖い…。)
なんだろう、このデジャヴ感…。
轟さんが引っ越してきたときの緊張感に似ている。
『あ、あのー…』
「オマエ、ここの住人か」
"ここ"と言って彼が親指を指したのは間違いなく私の家の表札。
「そうですけど。」と簡単に返事をすれば何故かため息が返ってきた。えっなんだろう…。
「彼氏は?」
『え、えぇっ…!?』
「やっぱいないのか」
『は!?』
どうしてこの人は初対面の人間にそんな失礼なこと言うんだろう、とか。出会って数分の人に何故彼氏がいない事がばれたのか、とか。
羞恥と疑問、それに憤りが込み上げてきて、思わず顔に熱が集中する。
突然のことにあくあくと酸素を求める魚のように口を開けていたら目の前の男の人は鼻を鳴らして言った。
「女の一人暮らしでこんな表札つけてんじゃねぇよ。」
「これじゃ女が住んでますって言ってるようなもんだぞ」とご丁寧に付け加えてくれたお隣さん(仮)。
分かりやすい…というのはもしかしなくても、お花のデザインがあることを言っているのだろうか。
うーん…結構気に入ってるのにな…。
けれどお隣さんが言っていることも確かな訳で。
『うっ…外しておきます…。』
「そうしろや」
『あ、そだ…えっと、うちに何か用ですか?』
いけない、いけない。忘れるところだった。
「もしかしてお隣に越してきたとか…?」と私の方から聞いてみたら何故かまた舌打ちが返ってきて。
(なんか柄の悪い人が越してきちゃったな…。)
「401に越してきた爆豪勝己。」
『爆豪さん…珍しいお名前ですね。私は402の園生咲子です。』
よろしくお願いします。と頭を下げると「これ」と挨拶品を渡された。
『わ、すみませんありがとうございます。…あっ!ちょっと待っててください。』
そう言えばいつ401の人が越してきてもいいようにこっちも挨拶品まだ取っといてあったんだよね。
私は部屋の奥にしまってあった箱を取り出し、慌てて爆豪さんに渡した。
そう言えば轟さんとの時はこんなにスムーズにはいかなかったなぁ…。
『あ、あの…403の人にはもう挨拶しました?あそこの人、ちょっとマイペースなのでびっくりされるかもしれないですけど…』
「知っとるわ」
『…………えっ』
「なんで寮から出てまたアイツの近くに住まなきゃなんねんだ…クソが。」
"良い人なんですよ、"と。
そう付け加えようとしたら、爆豪さんの声によって冷たく遮断されてしまった。
(…………アイツ?)
なんだか、昔から知ってるみたいな口ぶり。
私はしばらく呆然としてしまって口を利くこともできなかった。