お隣さんの正体

次の日、午前中で授業が終わった私はとぼとぼと帰り道を歩いていた。

(これからどうしよう…。)

そろそろきちんと轟さんと仲直りしたい。

けれどあの時の轟さんの表情が頭から離れなくって。



"今日はもう帰ってくれないか"

"アイツには会いたくねぇ"

"もしかしてさ、本人だったりして"



色んな人の、色んな声が私の頭を支配している。

轟さんがどうして怒ったのか、とか。轟さんの正体だとか。

分からない事…ううん、分かりたいことがたくさんある。

轟さんのこと、もっと知ったら仲直りできるんじゃないかって。

『…………でも、』

轟さんに直接聞いて、応えてくれるとは思えない。

あの日の夜の何かを拒絶するような彼の冷たい瞳を思い出す。

彼は何を抱えているんだろう。



『首、突っ込みすぎなのかな…』

勝手に出てきた独り言によってまた更に気分が落ち込む。

規則的に進めていた脚がずしりと重たくなるのを感じた。

(あーもう家だ…)

あれこれと考えているうちに家が見えてきた。

自分が住んでいる家だというのに、その外観を見て落ち込みが激しくなる。

ちょっと前までは"今日は何作ってあげようかなぁ"なんてウキウキとしていたのに。

小さく溜息をついてエレベーターのボタンを押す。すると隣のエレベーターで私と同じようにボタンを押す人がいた。



『あっ』
「あ?」

嫌でも視界に入って来る明るい髪色。隣にいたのは昨日引っ越してきた爆豪さんだった。

嬉しい偶然に少しだけ心が軽くなる。

私はエレベータを待つ時間つぶしに、と声をかけてみた。

『爆豪さんも学校終わったんですか?』
「ハァ?」

私の声に"何言ってんだコイツ"みたいな目でぱちぱちと瞬きをする爆豪さん。

警戒と疑心が混じったような目で凝視され、反応に困る。

あれ、私何か変なこと言ったかな…。



「何言ってんだお前…」
『えぇっ?あ、もしかして今日休講とか!』


チンッ!


私たち二人の間にエレベーターの到着音が鳴った。少しして静かに扉が開く。

「………」
『あっ待って!』

それを見るや否や爆豪さんは私の質問には一切答えずスタスタと中に入っていってしまって。

ボタンに指を押しかけている爆豪さんを見て慌ててエレベーター内にすべり込む。

それと同時にエレベーターは閉じ、ゴゥン…と重たい音を立ててゆっくりと上昇し始めた。



(結局無視されてしまった…。)

狭いエレベーター内で、こっそりと爆豪さんのツンツン頭を盗み見る。

見た目は怖い人だけど、最初会ったとき結構話してくれたのになぁ…。

あんまり話しかけてほしくないのか、と一人納得してスマホをポケットから取り出す。

すると目の前にいる彼に「おい」と声をかけられた。



「……お前さっきのわざとか?」
『はい?』

薄暗いエレベーターの中。

こちらを向かずに淡々とした声で爆豪さんが尋ねてくる。

私は爆豪さんの言葉の意味が分からず、思わず聞き返してしまった。

"わざと"ってどういう事なんだろう…



「お前、俺の事知ってんだろ。だったら…」
『爆豪さんの事…って、え?何の…」
「とぼけてんじゃねェよ!!!」
『ひっ…!』

ダンッ!!と拳と壁が衝突する鈍い音がエレベーター内に木霊する。

私は肌を伝う衝動と轟音に驚いてしまい小さく悲鳴を上げてしまった。

「そういうのすげぇうざってェんだよ!!」
「何も知りません、って顔してうじゃうじゃ無遠慮に近づいてきやがって…クソモブならクソモブらしく謙虚に生活してろや!!!こちとら慣れねぇ慈善活動にイライラしてんだよ!!」
「ヒーロー舐めんな!!!」

堰を切ったように今まで溜めていた不満をぶちまけた爆豪さん。

私はそんな彼がぜぇはぁと息を荒げる様子をぼうっと見ながら彼の言葉をゆっくりと消化していった。



(うじゃじゃ、クソモブ、慈善活動…)



(ヒーロー………? )






徐々にクリアになっていく頭。

そんな脳内でもしかして、と突飛な発想が生まれる。

私はおそるおそる未だに息を荒げている爆豪さんに聞いてみることにした。

『ば、爆豪さんってヒーローなんですか?』
「だからそう言ってんだろうが!!!」
『そ、そうだったんですね…!!』

ガルル…と獣のようにこちらを威嚇する爆豪さんに慌てて謝罪する。

そうだったんだ、爆豪さんヒーローなんだ…

(そう言われれば…どこかで見たことあるかも…どこだったっけ。)

確かこの間大学でヒーローの話をして……女の子たちがイケメンヒーローの話をしていて…。それで……。

『あ…』






『も、もしかしてばく、しんち…?』

きょとんとしながらそう名前を口にすれば。

爆豪さんはまたぱちぱちと瞬きを繰り返して小さく「は?」と呟いた。



「待て、お前マジで知らなかったのか?」
『は、はい…』

私は爆豪さんに小さく返事をして、どくどくと荒ぶる心臓を手で軽く押さえる。

(ばくしんち……爆心地。)

雑誌に特集が組まれていたという若手ヒーロー。

彼があの爆心地だというのならもしかしたら知ってるかもしれない。

ヒーロー・ショートのこと…。




『あの!爆豪さん、私色々聞きたいことがあるんですけど!』

どくどくと警鐘のように五月蠅く鼓動する心臓を押さえる。

『ヒーローショートって、403の轟さんの事なんですか…!?』


私が彼にそう尋ねている間、エレベーターは重苦しい音を立てながらゆっくりと上昇していった。