「ん。」
『あっどうも…』
私の部屋と同じ造りの玄関を爆豪さんがガチャリと開けた。
私は一言断わってからお邪魔させてもらう。
慣れたように部屋に入る爆豪さんの背中を追いかけて、キッチンを通りリビングに足を踏み入れた。
(お、おお…)
黒を基調とした家具の数々に男の人っぽさを感じてしまって、今更ながらドキドキする。
轟さんとはまた違った雰囲気のお部屋だ。
「茶は出さねーからな」
『あっはい、』
爆豪さんの声に慌てて返事をする。
"どうせ長居なんてしないだろ"という言葉にこくこくと頷いた。
(お茶とか出しても私が遠慮する、って思ったのかな…。)
言葉は粗雑で乱暴だけど、やっぱり優しい人だ。
(ヒーローって聞いて最初は驚いちゃったけど、きっとすごくいいヒーローなんだろうな。)
そんな人が私のお隣さんなのか。と私は少し嬉しくなる。
「いつまでンなとこで立ってんだ。はよそこ座れや」
『ご、ごめんなさい!』
爆豪さんの声に急かされて、ローテーブルの近くにあったクッションの上にちょこんと座る。
その後すぐに向かいに爆豪さんが座って、少しの間だけまた沈黙が流れる。
意を決して、今度は私の方から口を開いた。
『えっと…それで、爆豪さん…轟さんは…』
「俺とアイツは雄英の同期だ。」
『!』
雄英。その単語が出てきたことで私の心臓がどくりと大きく跳ねた。
雄英はプロのヒーローを多数輩出している名門校。
そんな場所で爆豪さんと同期だったっていう事は…
『じゃあやっぱり轟さんは…』
「ヒーロー・ショートだ」
『…』
ある程度覚悟はしていたけれど、やっぱりそうだったんだ。
私は膝の上に小さく拳を握り、息を呑む。
あの時、私は轟さん本人にあんな話をしてしまったのか。
自分の浅はかさに思わず、顔に熱が集中する。
『私、あの時轟さんに失礼な事言っちゃったんですかね…』
「お前アイツの親父の名前出したろ。」
『えっ?』
"親父…?"
爆豪さんの言ってる意味が分からずぽかんとする。
「エンデヴァーだよエンデヴァー。」
『………えぇっ!?轟さんってエンデヴァーの息子さんなんですか…!?!』
爆豪さんがあまりにもあっさりとそんな衝撃的な事実を言うものだから。
意味が解釈できず変に間が開いてしまった。
そう言えばエンデヴァーの名前出しちゃったかも…。
『知らなかった…』
「お前ニュースとか見ねぇのかよ。」
『うちテレビ置いてないので…あとごめんなさい、あんまりヒーローに関心がなかったもので。』
「そうかよ」
現役ヒーローの前で言うのはちょっと気が引ける。
私が一言謝罪を添えて爆豪さんにそう伝えれば、彼は「けっ」と気に食わなそうな顔をした。
(……………それにしても、)
あのエンデヴァーが実のお父さんなんて。
私だったら鼻高々に自慢に思っちゃうところだけど。
お父さんの事嫌いなのかな…。
(………あれっ)
『でも、轟さんってそのお父さんの事務所にいるんですよね?なんか変じゃないですか?』
なんでわざわざ。
そう付け加えれば面倒そうに顔を歪ませる彼。
そしてその至極面倒そうな顔をしたままぶっきらぼうに"そういうことだろ"と呟いた。
『えっ?』
「アイツがおめーにキレた原因だよ。」
そう、真っすぐにこちらを見ながら言う爆豪さんの声に思わずゾクッ…と嫌な寒気を覚えた。
「アイツと親父の間に確執があるのは確かだ。それでもあいつはエンデヴァーの事務所にいる。」
『確執…』
その言葉に冷やかさを感じてしまうのは私の家が円満だったからかな。お父さんを嫌う、っていう気持ちが正直よく分からない。
『事務所にいるのって、お父さんを超えるため…とかですか?』
「ンなことまで知るか。」
『ですよね…』
爆豪さんの声に思わずはは、と乾いた笑みがこぼれる。
『でも、よくお父さん轟さんのこと事務所に入れましたね…』
「親父の方はアイツの事を引き込みたがってたからな。」
『そうなんですか』
よく分からないけれど、轟さんの方が一方的に嫌ってる…のかな。
「エンデヴァーの事務所に入ったアイツは、最初はサイドキックの仕事を多くやっていた。」
「だが、あいつのデビューをマスコミのクソ共が"No1ヒーローの二世"だ、だの"イケメンヒーローの登場"だの騒ぎ出してからヒーローっつーよりアイドルみてぇな扱いになっていった。」
『………』
「それからだ。インタビューだの雑誌の特集だの組まれだしたのは。そんなんだからアイツはエンデヴァーの事務所の広告塔だ、なんて他のヒーローやモブから騒がれてる。」
『"広告塔"…』
それは私も聞いた。
いつの日か、雑誌を片手にきゃいきゃいと盛り上がっていた大学の女の子たちのことを思い出す。
確かにあのルックスだったら広告塔としてはかなりの効果があると思う。
(…でも、それって轟さんが好きでやってるのかな。)
あの日の苦渋に歪む轟さんの顔を思い出す。
あの表情はどう見ても望んでやっている事じゃない気がして…。
"うちの大学の女の子たちに人気なんですよ。"
"エンデヴァーの事務所の広告塔で、いろんな雑誌に特集が組まれてて…"
"私、ヒーローってずっと敵を倒すのがお仕事だと思ってたんですけど、なんだか俳優とかアイドルみたい"
(私はそれを、あの人の目の前で…あんな風に…。)
(わたし、本当に馬鹿だ。)
握っていた拳に力を籠める。
自分の声に、あの時の私の思考に、怒りが収まらない。
私は目頭が熱くなるのを感じてゆっくりと目を閉じた。
謝らなくちゃ。
「ー…俺が知ってるのはこれだけだ。」
『!ありがとうございました…!!』
爆豪さんの声にはっと我に返った私は慌ててお礼を言い、頭を下げた。
顔や心臓が焼けるように熱い。
私はごしごしと目元を擦って静かに息を逃がす。
すると、爆豪さんが「おい」と静かに私に声をかけた。
「なんであの半分野郎にそこまでするんだよ」
爆豪さんが苛立ちを混じらせた声でそう尋ねる。
私は静かに振り返って微笑んだ。
『さっきも言いましたけど、私のせいで轟さんを怒らせちゃいましたから…』
本当に馬鹿ですよね、なんて付け加えて誤魔化すように笑う。
爆豪さんはそんな私を変に真面目な顔でじっと見ていた。
『色々ありがとうございました。爆豪さん怖い人かと思ったけど全然そうじゃないですね。』
「あ゛ぁ?」
『ふふ、全然怖くないです。』
眉を吊り上げて地を這うような低い声を挙げる彼に私は笑って見せた。
どうしてこんなに振る舞うんだろう。もっと優しい人なんだろうに。
『って、いけない!私轟さんに謝りに行かなきゃ…ッ!』
長居をするつもりはなかったんだけれど外を見ればもうゆっくりと日が落ちていて。
私は急いで帰る準備をした。
『じゃあ爆豪さん!ありがとうございました!今度良かったらヒーローのお話聞かせてね!』
あっしまった。ついため口で話しちゃった。
軽率な自分にちょっとだけ後悔して爆豪さんを見る。
すると彼はまじまじと私を見てから長く溜息をついた。
「………お前、クソナードに似てうぜェな。」
『う、うざ…!?というかナードって…』
「もう帰れ。」
そう言って爆豪さんは私の背中を押して追い出したのだった。