ーーーピンポーン
『…………』
(いるかな、轟さん…)
爆豪さんのお話を聞いてから、私はその足で轟さんのお家に来てしまった。
正直、何を話せばいいかなんて分からないけれど、あんな話を聞いたらじっとしてなんかいられなくて。
「ー…園生、」
『…こ、んばんわ』
がちゃり、と重たい金属音がして扉が開かれる。訪問者が私だと気がついた轟さんは目をいっぱいに開いて私の名前を呼んだ。
心なしか瞳がゆらゆらと揺れている気がする。
『ちょっとお話がしたくて…ごめんなさい、押しかけちゃいました。』
「園生、あの時は俺がー…!」
『わっ…!』
「…っ、悪ぃ…」
『い、いえ…こっちこそごめんなさい…』
肩をぐい、と引き寄せられて轟さんとの距離が近くなる。
突然の事に小さく悲鳴をあげた私が体勢を崩してしまって。それを支えようとして轟さんも腰を軽く折る。
瞳の高さが一緒になり、少しの間お互い見つめ合ってしまった。
微妙な距離の近さに気まずくなってなんとなく謝り合う。
『お、お部屋に上がってもいいですか!』
「あぁ」
気恥ずかしい空気が漂い、ばくばくと忙しなく動く心臓を誤魔化すようにして私は思い切って声をかけた。
轟さんはそれを見て少し驚きつつも短い了承をしてくれた。
たったそれだけなのにどうしようもなく嬉しく感じてしまう。
私は不安と喜びを綯い交ぜにしながらパンプスを脱いだ。
『……………』
「……………」
気まずい。
当たり前だけど、部屋の間取りも、家具の位置もあの日のまま。
嫌でもお互いあの日のことを思い出してしまう。
(でも、逃げちゃだめだ…)
私は勇気を振り絞ってぽつりぽつりと言葉を吐き出した。
『…轟さん、あの日の事は本当にごめんなさい。私、轟さんが"ヒーロー・ショート"だって、知らなかったんです。』
「…………」
"ヒーロー"と言う単語を口に出した途端、轟さんの瞳がまたカッと開いたような気がした。
けれど私はあえてそれを無視して続ける。
『401に引っ越してきた爆心地…爆豪さんに聞いたんです。轟さんのこと、少しだけ…。それと、…お父さんの事も。』
「!!!」
私が"お父さん"と言った瞬間轟さんはバッ!とこちらを向いた。
「アイツ…園生にそんなこと…!」
『わ、私が無理矢理聞いたんです!!』
声を荒げる轟さんに、私も声を張り上げた。
『爆豪さんは何にも悪くないんです…っ私が…私が、轟さんとちゃんと向き合いたくて…。それで、爆豪さんはそれに応えて教えてくれたんです。だから…』
「悪ぃ、お前にキレることじゃなかったよな…」
そう言って、眉を下げる彼。
それでも彼の瞳にはまだ怒りが籠っているように見えた。
さっきとは違う嫌な空気が流れる。
私は彼になんて話しかければいいか分からず、視線を落とすことしか出来ずにいた。
「…………ヒーローになりたかったんだ。」
『えっ…?』
重苦しい沈黙を破ったのは轟さんの淡々とした声。
私はなんて言ったらいいか分からず思わず声を漏らしてしまった。
「オールマイトってヒーロー、いただろ?3年前くらいに引退した。俺、ガキの頃その人みたいになりたかったんだ。」
『あ…』
オールマイト。
ヒーローに全然詳しくない私でも知ってる、超有名人だ。
確か今はヒーローを育成する方に回っているって聞いたことがある気がする。
「あんな風にいつかなれたら。そんな風に考えていた。…母さんも応援してくれていた。」
「けれどアイツは…親父は俺にそのオールマイトを超えさせようとして小せぇ頃から俺に虐待に近い厳しい特訓をさせていたんだ。」
『えっ……!!?』
つらつらと、まるで他の人のことを話すみたいに言う轟さん。
私は打ち明けられた轟さんの過去に口を閉じることが出来なかった。
目を白黒とさせる私に轟さんは"もう大丈夫だから"と言わんばかりにふ、と笑ってみせる。
けれど、私の心はざわついたままだった。
(なに、それ…)
焼けるように心臓が熱い。どうしてだろう、辛いのは轟さんの筈なのに。
喉元に何かがせりあがってきて苦しい。
視界がだんだんと滲んできたけれど、私は頑張って轟さんを見つめ続けた。
「ー…母さんはそんな俺を心配してアイツを止めようとしていたがその度に手を上げられていた。…今思い出しても嫌な思い出だ。」
「母さんはそのせいで親父を憎み、精神的に病んでしまったんだ。……アイツに似た俺の左側に熱湯を浴びせて。」
『……っ!!』
(そんな…そんなことがあったなんて……)
顔の左側をす、と撫でて轟さんは呟く。
私はそんな彼の過去を受け止めきれなくてぎゅっと強く目を伏せ、スカートをきつく握りしめたのだった。