轟さんは…
轟さんは、その時どんな気持ちだったんだろう。
どんな思いで過ごしていたんだろう。
お父さんは厳しくて、お母さんからはそんな仕打ちを受けてしまって。
この人は幼い頃に誰かに甘えることが出来ていたのだろうか。
いま、そんな事を考えても仕方がないのかもしれない。
けれど、目の前にいる寂しそうな瞳をした轟さんを見たらそんな風に考えずにはいられなかった。
(轟さん……)
「母さんは施設に入院した。俺は母さんに会いに行けずにいたが、今から丁度3年前…。ある友達のおかげで会いに行く決心が出来たんだ。」
『ある友達…?』
「今度紹介する。お前に似てるんだ。なんとなく。」
そう言って少しだけ嬉しそうに笑う轟さん。
私はそれを見て少し安心しつつ複雑な気持ちでいた。
(私に似てる、という事は女の子なのかな。)
(…………轟さんがこんな顔をする女の子。)
紹介する、と言われて何故か嬉しい気持ちになれないのはどうしてだろう…。
轟さんのお友達に会ってみたい、と言う気持ちは確かにあるのに…。
私はもやもやとした気持ちをなんとか飼い慣らしながら轟さんの話に耳を傾ける。
「ー…その日から俺は暇さえあれば母さんのお見舞いに行った。学校の事を話したり、友達の話をしたり…。幸せだった。」
「…けれど高校を卒業する少し前、いつものように母さんのお見舞いに行こうとした時の事だった。…アイツが俺に話があるって言って来たんだ。」
轟さんが憎々し気に声を震わせる。
それを見た私はなんだか嫌な予感がして。
緊張をやり過ごすために拳を作り、生唾を呑んだ。
「"卒業したら俺の事務所に来い。拒否権なんてあると思うな"なんて言われた。」
「勿論俺は強く反発したが、"断れば病室を出入り禁止にする。"なんて言われたら従うしかなかった。」
『そ、んな…』
轟さんが吐き出した事実に思わず言葉を失う。
そんな、だって。親子なのに…。親子なのに、どうして…。
「そして俺は嫌々アイツのサイドキックになった。…けれどヒーロー業よりも雑誌のインタビューや撮影の方が多いのが今の現状だ。」
「好きでもない事務所で、好きでもない仕事を毎日する…」
「俺は、こんなことがしたくてヒーローになった訳じゃねぇのにな…。」
『…………』
轟さんの苦しげな声に私は何も言えなかった。
(私は…こんな葛藤を抱えている人にあんなことを言ってしまったんだ…。)
『ごめんなさい…そんな風に思ってるとも知らないで私…轟さんに無神経な事……ずっと…』
「いいんだ。本当の事だしな。」
「お前は俺の事知らなかったみてぇだし。それに、なんとなくお前には知られたくなかった。」
"なんでだか分かんねぇけど。"
そういう轟さんは笑っていた。
私はなんだか胸が切なくて、苦しくて、どうにもやるせない気持ちでいっぱいだった。
『いま、お母さんには会えているんですか?』
「いや…行けてない。」
『!?どうして…お父さんには止められてないんでしょう?』
「…こんな、ヒーローになりきれてない今のままじゃ母さんには会えない…。」
心の内を、無理矢理声にしたような言い方に私は胸が詰まる思いだった。
轟さんは…今のままじゃお母さんに会う資格がないと思って会いに行けないんだ…。
これはヒーローになることを応援してくれたお母さんと、自分の憧れであるヒーローという職業を大事に思っているからこその葛藤なんだと思う。
(でも…それでも!!)
『そんなの…駄目ですよ。』
「…園生?」
『お母さん、轟さんが突然会いに来なくなってきっと心配しています。………それに、』
『子どもがお母さんに会いに行くのに必要な条件や資格なんてないでしょう…?』
「!」
私の声に、轟さんははっとする。
もし、私が轟さんのお母さんだったら、きっと轟さんの気持ちや葛藤を察して心配すると思う。
(でも、この真面目で少し天然な目の前の男の子はそんな簡単な事にも気付けないから…。)
私は今までの話を聞いていて思ったことを全て話した。
『大体…なんですか!あなたのお父さんは!』
『"轟さんにオールマイトを越させたい"…?親が子どもの未来を決めるなんてどういう了見ですか!!』
『自分の子どもが目指すものを素直に応援できないなんて、絶対違う!!』
『轟さん……あなたは…あなたのなりたいものに、なっていい!!』
「!!!」
言いたいことを言いきって、私は自分がいつの間にか息を切らしているのに気がついた。
轟さんはぽかんとしているし、私、何やっているんだろう…!!
『ご、ごごごめんなさい!!!なんか人のお家のこといろいろ言っちゃって…!それに轟さんもうヒーローだし…!!わ、私何言って…』
「……ふっ、」
(えっ…?)
わたわたと慌てる私の顔を見て、何故か轟さんが弾けたように笑うから。
私はそれを見てただぼけっ、とすることしか出来なくて。
(えっ…え、…ええ?)
ぱちぱちと瞬きをしながら轟さんの様子を観察する。……怒っては、ないみたい…かな?
「そうか、そうだよな…。」
『とど、ろきさん…?』
左目を手で覆い、小さくくすくすと笑う轟さん。私は彼の突然の行動に困惑してしまい思わず呼びかけてしまった。
すると、私の声に反応した轟さんがじ、と私の顔を見る。
「…………ありがとうな、園生。」
『っ!!』
そう言って、柔らかい微笑みをくれた轟さんに、私は不覚にもときめいてしまったのだった。